
−0− pre-epilogue
<BGM=Pieces この青空に約束を― オリジナルサウンドトラック Disk2−約束− トラック番号15>
*<BGM=Pieces virtu/ave;new トラック番号13>
『……まもなく岐阜羽島、岐阜羽島です。……』
3月ももう終わろうとしている終旬のある夜、3人の若者は新幹線に乗りある場所に向かっていた。開通当時『夢の超特急』として名を馳せた東海道山陽新幹線、100周年を過ぎた今はピークと言われた平成から利用客が減り始め本数は今やピーク時の半分もない。地方の鉄道も次々と廃線となり、都心部への人口集中も深刻になっている。最近の発表で、日本の人口がついに9000万人を切ったそうだ。特殊合計出生率も1.0を切るのも時間の問題で、総人口の半分以上が65歳以上という超高齢社会となっている。企業も小規模経営が多くなり、サービスの質は悪くなる一方である。さらに労働者の立場がはるかに悪いこともあってか、自営業を始める人も少なくない。この3人も直ぐに自営業へと切り替えた者達である。今や日本の国際的立場も悪くなり、1ドル302円と超円安になっている。ユーロにいたっては500円の大台に乗ろうとしている。誰が見ても日本は住みづらい場所となってしまった。
「………」
3人の内の1人である男性は夜の岐阜の夜景をジーと見ていた。他にすることが無く、只々眺め続けた。他の2人は隣で眠っている。街の光が左から右に流れて行くのを只々見つめていた。
(あいつらは、賛同してくれるだろうか…)
しかし何も考えていない訳では無かった。翌日に催される同窓会、この男はその席で何か相談をするようだ。それも普通では考えられない大事の様である。
(……それにしても、白河村に帰るなんて、5年振りだな……)
彼らが向かう先は白河村。正しくは旧白河村であるが、故郷である思いから『旧』の文字を付けていない。その故郷で開かれる同窓会――5年ぶりに同級生との再会の場である。最近何も楽しみな事が無かった彼が唯一楽しみにしていた日であった。
(……………)
ふと、男は白河村でのある台詞を思い出した。あの日、彼等は高校を卒業し、其々の道を歩んで行った。そのスタート目前の日、男は卒業生代表として答辞を読み上げた。ただ1人では無くもう一人、女子生徒と共に読み上げた。桜が綻び始めそうなあの日、今でも忘れてはいない、最後の台詞―――
<「忘れないで下さい。自分たちが確かにこの桜花学園に存在した事、そして、確かにこの白河村に存在した事を自身の心にしっかり刻み込んで下さい。入学式から始まり体育祭・定期考査・文化祭・聖夜祭・夏休みに冬休み・萌梅祭。掛け替えの無いその一つ一つの思い出が、未来の自分への翼となるのです。時には傷つけて合っても、ずっと一緒に居た友達、名前は知らなくても力になってくれた全桜花学園生徒に白河村の人々。みなさんの愛情が無ければ、今の私たちは存在しませんでした。……卒業、輝ける未来への道は直目の前に広がっています。その先にあるゴールテープを兼ねた新たなスタートラインへ私達は邁進して行くのみです。この日で今生の別れとなる人も居るでしょうが、きっとどこかでまた会うことが出来るでしょう。だから、『さよなら』なんて言わない、―――」
電車はまもなく岐阜羽島駅のホームへと到着しようとしていた。懐かしき彼等に出会えるのも後少しの辛抱である。……この物語はその5年前、彼らが桜花学園3年生として過ごした回想記である。今、魔法という非現実的な物が存在した白河村の魔法戦争からの復興への最終章のが明かされる。大事な『忘れ物』、してませんか?>
−1− 始まりの卯月
<BGM1=橋のある風景〜緑〜 ひとひらオリジナルドラマ&BGMアルバム2(野乃編) トラック番号13>
<BGM2=運河はめぐる ARIA The NATURAL ORIGINAL SOUNDTRACK トラック番号4>
<BGM3=懐かしい夢 D.C.〜ダ・カーポ〜 コンプリートオリジナルサウンドトラック Disk2 トラック番号7>
*<BGM3=懐かしい夢 D.C.F.S.(PS2)>
<BGM4=運河はめぐる ARIA The NATURAL ORIGINAL SOUNDTRACK トラック番号4>
<BGM5=ROCKIN' MOKKIN' CHAIR この青空に約束を― オリジナルサウンドトラック Disk1−青空− トラック番号10>
<BGM6=いつもの調子で D.C.S.S.オリジナルサウンドトラックVol.1 トラック番号27>
<BGM7=遥かな年月-Piano- CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk2 トラック番号10>
<BGM8=キボウノカゼ sola Original Sound Track ソウキュウノハテ トラック番号4>
「………」
草木が萌え始めた4月初旬、どこぞの公園を思わせる様な広い緑地に野口は居た。とは言っても此処は公園では無い。彼の目の前にあるのは大きな老木、その木を中腰の姿勢でじっと見つめていた。その傍らには陽子と陽子の母親の真紀子。そう、ここは城之内家の庭である。
<「……駄目ですね」
長い事かかげていた腰を野口は漸く伸ばした。
「導管に水が通ってる感じがしませんでした」
「…そう」
野口が左手で老木の幹に触れ乍ら言った事に真紀子は無念さを隠せずにはいられなかった。この庭で1、2番を争う老木である南天の木が実を付けない所か葉も付けないのを不安に思い栄養剤を与え始めたのだが、数ヶ月経った今も何の変化も見られ無かった。今まで無かった事態に流石に心配になり陽子達にその話を持ち掛けた所、『少しなら』と挙手したのが野口だった。
「早い所切っちゃった方が良いかも知れないですね」
南天の老木は既に生命活動を終えていた。この野口の提案は、切った方が他の植物へ養分が行き渡る、と考えた結果だった。
「残念ね。私が子供の時からずっとあった木だったのに」
切断の他に選択肢が無い状況に真紀子は木を見上げた。この城之内家に長い事根付いていた木にもその時が迎えてしまった事を未だに信じられない様子だった。
「……でも、ここに南天があるって事は、この方角は鬼門なんですよね?」
暫くして野口は思い出した様に真紀子に訊いた。南天は『難転』との語呂合わせから、厄除けとして植えられてきた木である。この風習が残っているのはもうこの白河村一帯だけだろう、それだけ古い習わしである。
「えぇ、確かそんな事、言ってた様な気がするわね」
「だったら新しい苗を買ってから入れ替えた方が良いですね」
「そうね。……有難うね。後は私達でやるから」
「いえ、力になれて何よりです。それでは」
南天の件が落着し、野口は屋敷の方へ戻って行った。その後を追って陽子は小走りで野口の元へ向かった。
「よく分かったわね」
「本で齧った程度だぜ? それに何本も見てるしな」
「…あんたの過去って怖いわね」
「それ、絶対褒めて無いよな」
「え、そう? 結構言葉選んだんだけど」
「そうには見え無かったんだが」
2人は何時もの様に言葉を掛け合った。こんな調子に戻ったのも数ヶ月前である。詳細は既に読者の皆様には覚えている事だろう、今回は敢えて触れない。一悶着を乗り越えた後、野口はこの場所に腰を落ち着かせている。それから今まで、何事も無かった様に過ごしていた。既に真紀子には陽子と野口の関係は承諾済みで、そちらの方面での悶着は無かった。>
只全てが円滑だった訳でも無く――
<「本当に切っちゃうのか?」
所変わって、此処は滝野家。誠司は庭にある銀杏の木を目の前に切り倒す方向を確認している兄の竜治に訊いた。
「あぁ。あっても土壌が悪くなるだけだしな」>
「でも何か寂しくなるよな」
誠司はそう言うと、自分の回想に耽始めた。
<毎年秋にはたくさんの銀杏を付けたこの木はそれはとてもとても――>
「なぁ」
そのムードを打ち壊すかの様に竜治の質問が飛んで来た。
「何だよ」
「写真部はどうなんだ? 文化祭の日は絶対に見に行くからな」
「……いや」
ふと誠司の顔が曇ったのを感じ取った竜治は手を休めると誠司の方を見た。
「ん? どした?」
「……実は、存続の危機にあるんだ」
「……今、部員何人よ? 勿論自分も含めろよ」
「2人」
<「……をい」
竜治はもうそう言うしか無かった。去年はこの写真部に奇跡的に1人入って来たが、文化祭が終わってから引退した3年の他に辞めていった者も居た。部員が2人では間違い無く廃部になってしまう。
「絶対に存続させろよ。OB命令だからな」
「そ、そんな無茶な……」
「少なくとも1人入れれば良いんだから簡単だろ」
「……去年は怠ったくせに――」
「絶対存続させろよ」
誠司が去年の事を言い始めた直後、誠司の言葉を遮る様に念を押した。
「…分かったよ」
誠司は溜息を吐いてから承諾の返答をした。誠司は経験上、竜治に刃向かわない事にしている。以前文化祭に関連した事柄で対立した事があるのだが、その後、地獄を見る事となったのだ。その詳細は何時か触れる事にしよう。>
<「もう直クラス発表ですね」
「そだね」
更に所変わって此処は白河村中心部のショッピングモール、と言えば聞こえは良いが、商店街と言った方が余程正しい程レトロである。平田姉妹はそんな賑やかな所に居た。綾が言っていた通り、数日後にはクラス発表がある。>
クラス発表、つまり始業式の日である。高校3年生と言えば、全てのイベントに『最後』が付く学年である。
<1年後、其々の生徒は別々の進路へと歩いていく。別の言い方をすれば、学生としての無茶な行動が出来るのも残す所1年なのだ。約350日後、自分達はどんな道を歩む事になるのだろうか。
「進路って言っても、殆どが就職なんじゃない?」
「え、ええ、恐らくそうなんじゃないでしょうか」
そして、その就職組も多くはこの村を捨て本土で新たな人生を送る、Iターンと呼ばれる現象に呑まれる事となる。Uターン、白河に再び戻ってくる者は皆無に近い。少子化が叫ばれている今日この頃、その心配の無い白河村では地方ならではの状況、若者の都心部への流出を止める事が出来ずにいる。隣の本間村でも同じ問題を抱えているのも事実だ。>
「今年こそは楽しい思い出ばかりの1年にしたいね」
「そうですね。学生としての最後の1年ですからね」
綾はその事を実感しているかの様に言った。戻る事の出来ない思い出に花を添えられる、そんな1年になれるのだろうか。まだ見えぬ未来に抱く物は期待か、不安か。
<「今年は本当に買う物、少ないね」
「…そう言われれば、そうですね」
歩は手にしている荷物を見て思った事を其の儘口走った。去年の買い物は両手が塞がる程では無かったが、重さはこんなに軽く無かった筈だ。
「日持ちが良いって事かな?」
「う〜ん、間違ってはいませんが、『日持ちが良い』ってのは大体は食べ物に使われる表現なのでは」
「え? そうなの?」
「恐らく」
歩はそれ程ボキャブラリーが乏しい訳では無いが、時々この様に綾に突っ込まれるのだ。これも学生の頃の良い思い出の1ピースとなることだろう。
「もう寄る所無いし、帰ろうか」
「そうですね」
平田姉妹は買い逸れが無いか今一度確認すると自宅へと歩き始めた。歩達の高校3年生としての生活は、これから始まる。>
−2− 悪夢の夜明け
<BGM1=キボウノカゼ sola Original Sound Track ソウキュウノハテ トラック番号4>
<BGM2=遥かな年月−piano− CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk2 トラック番号10>
<BGM3=ROCKIN' MOKKIN' CHAIR この青空に約束を― オリジナルサウンドトラック Disk1−青空− トラック番号10>
<BGM4=Happiest Flutist D.C.〜ダ・カーポ〜 コンプリートオリジナルサウンドトラック Disk1 トラック番号7>
*<BGM4=Happiest Flutist D.C.F.S.〜ダ・カーポ・フォー・シーズンズ〜(PS2)>
<BGM5=Lovable pup(かわいい子犬) D.C.〜ダ・カーポ〜 コンプリートオリジナルサウンドトラック Disk1 トラック番号6>
*<BGM5=Lovable pup(かわいい子犬) D.C.F.S.〜ダ・カーポ・フォー・シーズンズ〜(PS2)>
<BGM6=無間 CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk1 トラック番号20>
<BGM7=運河はめぐる ARIA The NATURAL ORIGINAL SOUNDTRACK トラック番号4>
<BGM8=おかしなふたり ARIA The NATURAL ORIGINAL SOUNDTRACK トラック番号10>
<BGM9=どういうことかな あずまんが大王オリジナルサウンドトラックVol.1 トラック番号10>
<BGM10=資料室のお茶会 CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk1 トラック番号10>
<BGM11=jocosity D.C.〜ダ・カーポ〜 コンプリートオリジナルサウンドトラック Disk1 トラック番号5>
*<BGM11=jocosity D.C.F.S.〜ダ・カーポ・フォー・シーズンズ〜(PS2)>
<桜が咲いても良い日和なのにその桜は一輪も花弁を付けていない通学路を野口と陽子は歩いていた。今日から最高学年としての生活が始まる。――気が付けば彼等はもう3年生なのだ。学生としての生活はもう10ヶ月余り。数ヶ月前にそんな生活を終えた前期、第187期生の総代にして陽子の姉の香澄は村内のとある会社に入社した。偶然か、狙ってか、その会社には同期生の竜治も入社。取り敢えず彼女を心配する必要は無さそうだ。
「しっかしこう、桜が咲かないと春って感じがしないよな」
「そう? 昔は何時でも満開だったじゃない。あの頃も季節感が無かったじゃない」
「まぁ、そうなんだけどさ……」>
野口が思わずぼやくのも無理は無い。今年で6年間連続して白河桜は開かなかった。それどころか、蕾さえ付けていない。こういった事態に陥らせたのは他の誰でも無い野口と坂上だった。その当時は一刻も早く桜を枯らせなければならなかった。しかしそれから数年経って、自分達の行動の無意味さを実感する事となった。この件に至ってはこれから後々紹介していく事にする。
<「でもさ、卒業する迄には拝んでおきたいよな〜、白河桜」
それは野口の本音であった。桜を枯らせる必要があったのは6年前の過去、今はそんな必要性は無い。昔の光景を思い浮かべるだけで、現在での桜の再開花が望ましい。とは言っても最近は2回ほど開花しているのだ。1回目は一昨年の晩秋、歩の行動による物。結果として野口は生死を彷徨う事に。2回目は去年の冬、野口の魔力暴走による物。その結果陽子達と魔法によるガチバトル。つまり真面に桜を見ていない故桜が開花していない、と言う結論に至れる。
「……そうね」
口にしないでもそんな過去を辿れる陽子は思わず立ち止まり桜の木を見上げた。あの日を最後にずっと見ていない白河桜の本当の姿。来年の春にはどんな未来を辿っているかまだ分からない彼女等には、せめて卒業するまでにはその雄姿を見ておきたい、そんな思いもあった。
「………」
時間の経過も忘れ桜の木を見ているそんな陽子の姿を、野口は只々見惚れて――>
「どうしたの?」
「陽子、まだ背、伸びてるのか?」
<「……は?」
――いる訳では無かった。折角の良いムードを壊されてしまった。しかしそう言われてみると確かに背は伸びた様な気がした。現に野口との差が僅かながらも大きくなり、野口は見上げている様にも見えた。
「そう言うそっちはどうなの? 全然成長して無いように見えるんだけど?」
陽子は少々溜息混じりに訊き返した。一般的に考えれば女子の背丈より男子の背丈の方が高い筈である。香澄は確かに他の女子と比べれば背は高い。同様なDNAを持つ陽子も同様に成長しているのかも知れない。しかし、それにしたって、野口の成長は明らかに不自然なのだ。一般的な身長の筈の誠司達とでさえ肩程の背丈しか無い。少なくとも20センチ近く、野口は低いのだ。
「まぁこっちはこれ以上成長しないんだけどさ」
さも当然の様にそう言うと野口はゆっくりと学校の方へ歩き始めた。陽子もその後に続いた。>
――彼の成長期は非常に遅いのかも知れない、今の所はそう思う事にしといた。
<「せめて私と同じ位にはなりなさいよ」
「奇跡が起きればな。はぁ、誠司を見下ろせる様な背丈にしてくれたらなぁ」
絶対にそうならないと遠回りに言い乍ら、野口は自虐的に溜息を吐いた。
(何だかなぁ)
そんな野口の姿を見て陽子はそう思った。改めて彼氏彼女の関係である事に気付かされてから1ヶ月、陽子が野口の事を意識し始めてから数えれば5年以上の歳月が経とうとしている。傍から見れば一向に進展の見られないもどかしいカップルなのだ。友達以上恋人未満な生活を見ている内に、この2人は付き合っている、と言う事実さえ薄れている。5年も付き合っているのにキスの1つさえしていない、そんなカップルが存在するだろうか。陽子は雑誌などから偏見的な恋人像を思い浮かべてきた。その中には『キスをする時は彼女は背伸び』という古い考え方もあった。仮に今そうしようとしても、背丈から考えると、彼氏を背伸びさせなければならず、明らかに位置関係が逆なのだ。
(あの時はこうなるなんて考えもして無かったなぁ)
一般成人の平均身長、不可能なら自分と同じ背丈を、野口に願った。>
「……それにしてもさ」
その非常に小柄な彼氏は『何だかなぁ』という顔をしてそう言った。気が付けばもう直学校である。校門には1年生はまだ居ない為、それ程の人数が――
「人、多すぎねぇか?」
――居た。凄い数の生徒の姿があった。前言引用、入学式は午後からある為今の時間帯に新1年生の姿は無い。それにしたって数が多い。倍以上に膨れ上がった様にも思える。
「…編入生が沢山来たとか?」
「真逆。今年は編入を含めても定員割れだって言ってたじゃないか」
「あ、そうか」
「だとしたら他の考えとしては、……元々この学校建設に反対していた住民達が終に立ち上がって――」
「いや、それ、絶対にあり得無いから」
陽子が野口の微妙なボケに慣れた様に割って入った、その直後、
「ノグー!」
ふと前方から女性の声が聞こえた。女性、と言うには幼過ぎる声。ただ聞き覚えのある声。野口を『ノグ』と呼ぶ女子生徒は、彼女しか居なかった。
「態々の全力疾走、ご苦労なこったな、梢」
<「はぁ……はぁ……。いや、……それよりさ……」
「取り敢えず落ち着いてから話せ」
息が上がったまま話そうとする坂上を何時もの様に野口が制止する。何もそんなに慌てる様な事じゃない、経験からそう思えた。
「……ふぅ。…実はさ、凄いニュースがあってさ」
確かに呼吸は落ち着いた。しかし坂上の顔は未だ何かに焦っている様だった。
「何だよ」
野口は再び『何だかなぁ』という顔をした。坂上がこうやって話をする時は全然緊迫もしない――>
「本間村が無くなったんだって」
「へぇ〜、そりゃ〜大変だねぇ〜」
野口が何時もの様に聞き流す様な口調で答えた直後、顰める様に眉間に皺を寄せた。
「待て。…今、何て言った?」
「だーかーらー、本間村が無くなったんだよ」
坂上の報告を再び聞くと、頭の中で整理を始めた。『本間村が無くなった』、その言葉の意味を直に理解出来たのは陽子の方だった。
「そ、それって真逆……」
都会で生活している以上は絶対に経験しない物。しかし、都心部から僅かに離れた所では何処も彼処も今にも起こりそうな問題にして、地方自治体にすれば最悪のシナリオ。
「「行政破綻!?」」
「……2人共、ナイスハモり」
<昨日の事であった。本間村の政治が終に麻痺を起こし、再起不能となった。直接の原因は未だ不明、ただこの一件で本間村が破綻したのは紛れも無い事実。この被害を最も被られたのは学生だった。小中高一貫の村立の本間学園も同時に破綻し、勉強する場所を全て奪われたのだ。本間村に残された手段は只1つ、白河村への合併だった。この結果白河村は中曽根・羽田・海部・近衛地区に加え最も大きな本間地区の計5地区からなる村となった。しかしこれで一件落着した訳では無い。前文引用、本間村は村立の大きな学校が1つあるだけ。一方の白河は村立の学校は小学校と中学校、高校が共に1校づつ、教育方針の基礎すら違う。仮に全員が白河に流れてくるとなると、白河高校自体対して大きい学校では無い為、過剰供給となり半分近くの生徒が取り残されてしまう。>
本間村の学生はこれを心配していたが、直にこの問題は解決される。そう、桜花学園の存在だった。これにより2校に半分ずつ生徒が流れるので学生流出の心配は無くなった。
「…つまりやけに人が多いのは本間村からの編入生って訳か」
白河と桜花への生徒配分は6:4、しかしその基準は成績、と言う生徒側には不満な物だった。
「賑やかになると思えば良いじゃん」
「いや、別に本間の連中が来るのが嫌とは一言も言ってないぞ?」
「あ、そか」
坂上の早とちりも数秒で片付くと、3人は本間からの学生を横目に昇降口へと向かった。
………
……
…
<「真逆とは思うが、」
後数歩で掲示板、クラス発表の掲示が分かるという所で野口は立ち止まった。
「何?」
「陽子や梢も含めて、皆同じって事は……真逆なぁ」
そう言うと野口は坂上にお笑いで何かを期待する様な視線を送った。飽く迄も冗談であったのだが――>
「……ま、真逆、ねぇ」
野口と視線を合わせようとしない坂上のそのリアクションは、明らかな肯定だった。『嘘だろ?』と言わん許りに野口は掲示板へ走った。直に発見した3学年1組の欄には――
<「流石は桜花学園、お約束は分かっておられる」
野口がざっと見た限りでは坂上梢、城之内陽子の他、平田姉妹の名前も確認出来た。若しかするとまだ他にも居るのかも知れない。
「ニャハハ。漸く同じクラスになれたね」
「……ハハ。今年は面白い1年になりそうだな」
坂上と野口はお互いに本音を口にした。只野口の場合、予想がつかない程賑やかな1年になりそうで、何が起こるか分からない、というのが本心だった。野口達はそのまま坂上に導かれる様に1階の教室へと向かった。>
<「……ここまで来ると裏の陰謀を感じるのは、俺だけか?」
「さ、さぁ…」
3年1組の教室に入った野口と陽子の最初の遣り取りは選りに選ってこんな物だった。入室した直後『お早う』と挨拶をしてきたのは山崎、それに反応し3人の方を見たのは、野口が既に確認済みの平田姉妹に加え誠司、さらに児島に鏡に――。
「あれ? 坂上さん、同じクラスなんですね」
只でさえ去年と同じ面子が揃いに揃っているのに、編入者にさえ知り合いが。もう人為的としか思えなくなってきた。
「ってゆーか、静佳は白河高校じゃなかったっけ?」
「……あ、だよね?」>
「? どうかしたの?」
野口と坂上がヒソヒソと話しているのを見た山崎が寄って来た。地獄耳に加えて地獄目なのだろうか。
「いや、静………木村はんがどうして居るのかなって」
「え? しずっち、知ってるの?」
「しずっち……」
木村静佳、だから『しずっち』。余りにも単純なネーミングに略呆れた様な返事をした。
「中等部までは同じ本間学園生だったんだよ」
「……まぁ、別に話して欲しかった内容はそうじゃ無くてだな」
「え? 違うの?」
山崎は本当に間違っているのが信じられない様に訊き返した。野口からしてみれば、抑々過去の事を聞いてなどい無い。
「木村はん」
「あ、野口さん」
山崎が近くに居る以上、何だか『静佳』と呼べなくなってしまった野口はありきな呼び方で木村を呼んだ。
<「確か白河高校じゃなかったっけ? それとも白河から普通に編入?」
野口と坂上はこれが疑問で仕方無かった。木村は白河高校の生徒の筈だった。あの白のブレザーと黒地に、縁側に黄金色の線が引いてある白河高校の制服姿が今でも鮮明に思い出せる。今回の騒動の主役は旧本間学園高等部生の筈。中等部を修了し白河高校へ進学した彼女は、何だか場違いの様にも思えた。
「何でも向うの手続きミスで本間の人達と一緒に此処へ」
「はぁ」
普通なら起こりそうに無いミスである。野口は只々生返事をするしか無かった。
「でもこうして同じクラスになれたって事は奇跡だと思いませんか?」
「まぁ、奇跡以外の何でも無いわな」
「やっぱり運命って素晴らしいですね」
木村は詩人の様に、本心にそう言った。恐らく彼女からすればこの上無い幸運を掴んだ、そういう気分なのだろう。
「……じゃぁ、何か人為的操作すら感じる俺は糞現実主義者だな」
「ア、アハハ…。でも今年は1番充実した1年ですね」
「もうそう思ってるのか。まぁ、恐らくそうだろうな」
木村の白河高校での生活を知っている野口だからこそ木村の言葉に同意出来た。彼女が漸く彼女らしく振舞える1年が始まるのかも知れない。>
「………」
その一方で、木村とやり取りする野口を見る陽子の視線は明らかに嫉妬を感じ取れた。ただそれに気付く者は居なかった。
「ほらー、席付けー」
時刻はもう直チャイムが鳴ろうとしていた。ガラッと音を立てて担任が教卓へ――
「………」
「………」
<「……何の陰謀も無いぞ?」
その担任の姿を見た野口と陽子は思わず呆れた様な視線を担任に送った。彼等だけでは無く、誠司もまた不満そうな顔をした。
(人為的操作……)
3人は思わずその言葉を確信しそうになった。3学年1組の担任は、藤井彰だった。>
−3− hurtful, heartful later
<BGM1=変わらない日常 D.C.〜ダ・カーポ〜コンプリートオリジナルサウンドトラック Disk2 トラック番号3>
*<BGM1=変わらない日常 D.C.F.S.〜ダ・カーポ・フォー・シーズンズ〜>
<BGM2=遠雷 この青空に約束を― オリジナルサウンドトラック Disk2−約束− トラック番号8>
<BGM3=東風 CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk1 トラック番号11>
<BGM4=東風−piano− CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk3 トラック番号2>
<BGM5=もっと知りたい School Days ORIGINAL SOUNDTRACK トラック番号4>
<BGM6=心の吐息 D.C.S.S.オリジナルサウンドトラックVol.1 トラック番号29>
<BGM7=ソウゲンノカゼ sola Original Sound Track ソウキュウノハテ トラック番号2>
<BGM8=夏合宿〜星空〜 ひとひらオリジナルドラマ&BGMアルバム1(麦編) トラック番号7>
<BGM9=テヲトリアッテ sola Original Sound Track ソウキュウノハテ トラック番号41>
「……連絡事項は以上。早く帰れよ」
藤井は或る意味生徒に好評である。休み時間に迄授業が延長する事が無く、SHRでは最小限の用件しか言わない。遅くても3分でSHRは終わり、どのクラスよりも早く放課になるのだ。この日も簡潔に終わったSHR、生徒達はウダウダし乍らも昇降口の方へ向かっていた。この日は臨時の職員会議があるらしく、全部活は中止になっていた。
<「帰ろうぜ?」
左手に鞄を担ぐ様にして持っている野口はSHRが終わるや否や陽子の机に居た。
「先に昇降口行ってて。ちょっと連絡したい事があるから」
「部活の事か。でも今日中止って事は知ってるんじゃないか?」
「それとは別件のがあるのよ。まだ帰ってないといいけど」
「ふ〜ん。了解、先に行ってるぞ」
陽子が演劇部の部長となってもう直1年が経つ。そんな彼女は今でも直向にその任務を全うしていた。この様な事はよくある事らしく、野口は何時もの様に1人で昇降口へと向かった。
………
……
…
タン
微妙な高さからローファーが落とされ下駄箱の床との衝突音が廊下に響いた。どちらかに用があっても、2人で帰る時は約束として先に昇降口に着いた方は校門かこの場所で待つ。野口が先に着いた場合は校門で待っている事が多い。この日も野口は何時もの様に校門へ向かおうとしていた。>
「おっと野口君、と言いましたか」
ローファーを完全に履き終えるタイミングを恰も計ったかの様に教師が野口の前に現れた。旧本間学園校長にして、数日前にあった白河異動により桜花学園教頭となった今川 正弘だった。
<「何ですか」
「これから急ぎの件がありますか?」
「いえ、別に」
野口のこの後の行動と言えば、陽子と帰宅し居候先の城之内家の手伝いをし、借りている部屋でグテーとする位。何も急ぐ物など無かった。
「では1つ奉仕活動をお願いしたいのですが」
「はぁ」
今川は淡々と野口に用件を伝えた。――恰も野口の為に残しておいたと言わん許りに。>
<「はぁ〜、見事に詰めてくれたなぁ」
野口は建物の外側に取り付けられた管の中を見て思わず感嘆を漏らした。今川に課された奉仕活動、それは排水管掃除だった。排水管と言っても、平らな屋上や各階のベランダに溜まる雨水を地上に流すだけの古ぼけた管である。最近その管の数本が水を流さない事が分かった。調べた結果管の中に落ち葉や紙などが詰められていた。この清掃担当は1年、恐らくここの担当がゴミ出しを面倒くさがり管の中に入れたのだろう。生徒や職員から『何か臭う』と苦情も届けられていた。
「……で、何で私が此処に?」
管の中を見る野口の後ろには、不満気に佇む陽子の姿があった。陽子が残っていた演劇部部員に用件を伝え終わり昇降口へ向かうと、意外にも野口の姿があった。陽子が現れたのに気付くと野口は今川に課された活動の事を話した。この遣り取りは次回予告にあった通りである。
「困った事はお互い様だろ」
「本当にそう思ってる? カモられそうなんだけど?」
「……ああいうのは抵抗するだけ無駄って物だよ」
「はぁ、賢いんだかそうじゃ無いんだか分からないわね」
「ま、チャッチャと終わらせようぜ? ほれ手袋」
野口は今川に渡されたゴム手袋の片方を陽子に投げ渡した。>
今回の一件、主犯格は1年生である事は明らかなのに、どうして3年の自分達がこの処理をしなければならないのか、2人は疑問だった。
………
……
…
「どうだ、終わったか?」
作業を始めて30分、野口達が20本目の管の様子を見ている時、今川とは別の教師が近付いてきた。名前は大沢だったか大澤だったか……。取り敢えず2人には全校集会以外での面識が無い。
「いえ、まだ」
「何だ、まだ終わってねーのか」
大澤は溜息混じりに不満を漏らした。
(無茶言うなよ)
その姿に野口はそう毒突いた。無理も無い。棟は全て3つ。その1つ1つに20本近くの管があるのだ。その1本1本を調べなくてはならず、詰まっていないのらまだしも、確認した管の中にはかなり奥まで詰め込まれた物もあり、予想以上に時間を喰っていた。葉が雨水に侵食され腐敗した悪臭に耐えながらの仕事は必然と長期戦となる。30分で全てを終わらせろ、と言うのが無理なのだ。
<「全部で何本あるんですか?」
野口は疲れた様に大澤に訊いた。今の所何本あるのか分かっていない以上終わりが見えていない。少なくとも後何本位あるのか位は知っておきたかった。終わりを知っているのと知らないのでは心の余裕が随分と違ってくる。
「さぁな、数えた事は無ぇが、5、60はあるんじゃないか?」
「60本……」
その数を耳にした途端、さらに疲労が溜まった様に感じた。仮に50本だったとしても、まだ半分も終わっていないのだ。しゃがんで中を見るだけでも十分疲労を与えてくるのに、詰まらせている物の処分まで加わると、終わった時の疲労は野口には想像がつかなかった。
「早く帰りたいなら早く終わらせ………ん?」>
丸で他人事の様に言っていた途中、大澤の目に野口以外の人間が居るのに気付いた。それが誠司や山崎なら別に気に留めなかっただろうが……。
<「ねぇ卓磨、そろそろ交代〜」
管の中に腕を入れて何か取り出そうとしていたのは、陽子だった。
「だから俺じゃ折れてる所で突っかかるんだって。何だかだいぶ奥にまで詰まってるのが多くなってるし」
「そう言われても、こっちもいい加減疲れてきたんだけどぉ」
「奥の方は腕の細い陽子が絶対に有利だって」
「え? 長い方でしょ」
「どっちにしたって陽子の方がアドバンテージがあるって」
「このへばり付いた紙屑を取る握力は〜? わっ!」
渾身の力を込め、漸くくっ付いていた紙屑を剥ぎ取る事には成功したが、勢い余って陽子は後ろに背中から芝生に転げた。雨水はそれほど詰まってはいなかったらしく、管から流れ出てきた水はごく少量だった。
「ナイスファイト」
野口は陽子の健闘を称えると管の方へ駆けつけ、出てきたゴミを袋の中に入れ始めた。
「大丈夫か?」
「鳥渡休ませてよ〜」
陽子はそう言うと背中越しに両手を地面に付け両腕に体重を乗せる様にすると、空を見上げて溜息を吐いた。ここまで管の掃除をしてきたのは陽子。普通なら不満の1つや2つ野口に漏らす所だが、野口の身体の事を考えると仕方無かった。
「じっ城之内? 何してるんだ?」
その直後、その存在を暫く忘れられていた大澤が驚き乍ら言った。
「え? 何って、た…………野口君と一緒に言われていた掃除を」
陽子は思わず『卓磨』と言いそうになり、小さな咳払いで誤魔化した。今川も流石に野口1人に課した訳では無い、陽子はそう思い、仕方無くだが清掃に付き合っていた。少なくともこの事は事実である。>
「教頭先生がそう言ったのか?」
しかし、何故か大澤は何か大変な事が起こったかの様に慌てていた。
「え?」
それを訊いた陽子は何だか妙な気分になった。何か自分は手伝ってはいけない様な言われ方だったからだ。
「いや、その時は自分しか居ませんでしたけど……」
野口は大澤の慌てぶりに疑問を抱き乍らも大澤にそう答えた。清掃を頼まれたあの時、確かに陽子の姿は無かった。
「だ、だろ? お前だけに頼んだんだろ?」
大澤は『だけ』をやけに強調して野口に問い返した。
「…………」
「でも1人だけじゃ分が合いませんよ」
「だからって、何も城之内とやることは無いだろ。ほら城之内、後は野口に任せて早く帰れ」
「…………」
大澤のその2つの台詞は、陽子に昔のあの頃の自分を思い出させた。出来る限り思い出したくない、あの頃の自分は――
<「…え?」
「残りは半分だろ? それ位1人でだって出来るだろ」
同様に野口にも陽子が感じている気分が伝染した。何となくだが、野口は大澤が言いたい本心が分かった気がした。
「それにお前なら分かる筈だ。城之内にこんな事をさせて良いのか、をな」
そして、終に大澤は核心の一言を、言ってしまった。
「…………」
「……女子だからですか?」
「こういう仕事は男子にさせるってのは俺の意見じゃない。女子だってそれなりの罰を与える必要が生じたらそれなりの罰を与える、それが俺の教育方針だ。ただ、それもある。何だったら俺と代わるか、城之内? 野口もどうしても、と言うのなら、他の連中を探しに行ってやってもいいぞ」
「…………」
「城之内? どした?」
(それも、ねぇ)
疑惑は確信に変わった。明らかに差のある言葉遣いの上、あれだけストレートな表現をしておいて気付かない方が可笑しい。ただ一般的な考え、読者の皆様なら、この事は当然であると思うだろう。抑々野口の行動自体可笑しい、と思うだろう。ただ、城之内陽子の場合に限っては、それは例外以外の何物でも無い。>
<「終わったー!」
最後の55本目の管からかなり汚れた水が流れ出てきた。詰まらせた物は大して無かったが、腐敗臭は他の場所に増して強烈だった。疲労の余り野口は其の儘地面に横になった。気が付けば日はかなり傾いていた。通常の授業が終わってからの1時間半の奉仕活動で幾つかの星が既に輝き始めていた。
「こんなに管があっても無駄よね〜」
陽子は完全攻略した安堵の溜息を吐いた。流石の陽子でも疲労していた。多少の労働差があっても野口は陽子以上に疲労を感じているのだろう、暫く立ち上がりそうに無かった。>
「……それにしても、まだあんなのが居るんだな」
「……そう、みたいね……」
疲労し余り話す事もしたく無かったが、野口はどうしても大澤の事を話したくなった。
<階級差別、と言うと御幣を招くかも知れないが、そう言った物である。名家の者や癒着のある家系の者に対する贔屓。現実社会でも時折目にする事だろう。白河村は未だに保守的な部分もあり、この様な、敢えて言うなら、逆差別は毎度の様に起きている。今回の場合、城之内陽子が桜花学園学園長である城之内真紀子の妹である事が、大澤のあの行動や態度をとらせたのだ。
「部落差別はまだ根強いってのになぁ」
明治政府が示した身分解放令により江戸時代に穢多・非人と呼ばれてきた賎民は平民となり、表面上の差別は無くなった。しかし賎民が獲得した戸籍、壬申戸籍には『新平民』と記された為、誰が見ても元賎民である事が分かり、差別が全く以って消えなかった。去年児島が所持していた、現実社会でも嘗て企業で売れたあの本も、これを参考に作られた物と考えられる。野口家はこういった部落差別を長年受けて来たし、野口は敢えてその環境を自虐的に受け止め振舞っていた時期もあった、去年のあの秋の出来事である。ただ陽子の『逆部落差別』は自身の過去上、悪い思い出しか残っていないし、そもそも陽子の逆差別への抵抗など全然低かった。『城之内家の子供だから』、単にそんな理由で学校から近所と至る所で特別扱いを受けてきた。この特別扱いもプライベートな深い所まで響くと、その者に不快さえ与える。現に香澄は一時期同様の理由で友達が一切出来なくなった時もあった。
「………」
だからだろう、保守的思想の父親を、城之内姉妹は嫌っている。濫用することは無くても、利用はしている父親にはもう飽き飽きしている。こんな思いを暫くしないで済んでいたのに、本間からの生徒・職員の合流のせいで再び蘇ってしまった。今回の一件でも陽子はショックの余り黙り込んでしまった。野口の誤魔化しが無ければ、今頃家の中で夕刻を過ごしていた事だろう。何も出来なかった自分が悔やまれ思わずしゃがみ込み顔を伏せてしまった。>
<「でも、自分の地位を全然利用しない陽子は尊敬に値するよ」
野口は暫く間を空けてから、しかししっかりと本心を口にした。天と地ではあるが、お互い普通では無い家系の者同士。分かり合う物は幾つもあった。
「………」
陽子は相変わらず静まり返っていた。野口は口にはせずに励ましを陽子に与えた。陽子の手に自分の手を重ね、ゆっくりと握り合った。皮膚では無い、人工的な腕からでも陽子の体温を感じ取る事が出来た。いや、義手だからこそ、陽子の体温を十分に感じ取れたのかも知れない。手と手で交わされる優しさに、陽子は終に堪えなくなった。ふと見た陽子の顔は、寒い訳でもないのに震え、顔らしき場所(顔を伏せているので、野口からは直接顔を見る事は出来ない)からは汗では無い透明な液体が地面に零れ落ちていた。野口はそんな陽子を只々見つめるしか出来無かった。
「……気が済むまで泣けば良いさ」
「………うん、……っ……御免ね……っ…」
「いや、謝れてもなぁ」
月は軌道上直に沈みそうだった。藍色に染まりつつある空と辺りの中、2人は只々寄り合っていた。>
−4− 白球に込められた思い
<BGM1=キボウノカゼ sola Original Sound Track ソウキュウノハテ トラック番号4>
<BGM2=町、時の流れ、人 CLANNAD ORIGINAL SUONDTRACK Disk1 トラック番号4>
<BGM3=田舎小径 CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk1 トラック番号12>
<BGM4=誰かに見つめられて D.C.〜ダカーポ〜 コンプリートオリジナルサウンドトラック Disk2 トラック番号10>
*<BGM4=誰かに見つめられて D.C.F.S.〜ダ・カーポ・フォー・シーズンズ〜(PS2)>
<BGM5=灰燼に帰す CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk1 トラック番号17>
<BGM6=戸惑い D.C.S.S.(ダ・カーポ・セカンド・シーズンズ)オリジナルサウンドトラックDisk2 トラック番号1>
<BGM7=リマインド 青空の見える丘オリジナルサウンドトラック Disk2 トラック番号10>
<BGM8=スイテキ sola Original Sound Track ソウキュウノハテ トラック番号9>
3年生という意識が徐々に薄れていく、直に5月になろうかというある日の午後、現行している数学VCの授業が終われば放課となる上、翌日の土曜日はオリエンテーリングの為授業は無い、気楽な週末を迎えようとしていた。
<「……だから、教科書にある通り、logf(x)の導関数はf'(x)/f(x)となる。……」
数学の最高位にして理系にとっては常識の微分学の授業が進行していた。教科書通りの進め方に飽きてきた誠司は、教師の目を盗もうという事はせず、大胆に黒板から視線を逸らし、左前に居る児島の方を見た。
(ん?)
その児島は授業の内容など上の空である方向をボーッと見ていた。>
その視線の先には、陽子の姿。
<未曾有の事態に陥った昨学年は未だに記憶に新しい。空前絶後の紆余曲折から立ち直り、野口と陽子は恋人同士という地位を確立した。しかしそれは単に元に戻った、と言い切れる。昨年度の始まりから思えばここまでしか進展していないのは不思議な事だし、何よりもどかしい。でも児島の悪知識の始動に始まり、ライバルの一方的な退きと、絶望な2学期があった事を考慮すれば今の状態は頷ける上、何よりここまで修復出来たのが奇跡としか思えなかった。児島もこの経験を味わい、エリートカップルの再結成にも少なくとも批判的では無かった。それでも城之内陽子という1人の女性を失った事は彼自身大きかった。>
(未練たらしいったらありゃしない。………! そうだ)
誠司は直に児島の未練さを感じ取ると、1つの作戦が浮かび上がった。何事も全ては切欠が必要なのだ。
放課後、誠司はかなり強引に児島と野口を校庭に連れて来た。更に誠司は校庭端にあるプレハブ型の建物内に2人を連れてくると、幾つかのアイテムを2人に渡した。
<「ほれ」
彼が手にしている物は長年の使用から金色の塗装が所々剥がれている、やや長めの見るからに硬そうな棒と、掌にスッポリ収まる位の、規則的に赤い縫い目が並ぶ白い球。現在居る場所でなくても、誰もが金属バットと野球ボールである事は理解出来る。
「今日は野球部が活動の無い日で助かった」
「……で、これで何をしろと?」
野口は明らかに怪訝そうに誠司に言った。別に忙しい訳では無い。只誠司主催の企みに付き合ってる暇など無い、と言いたげであった。
「バットにボール、こんなにヒントがあって何をするのか分からないのか?」
一方の誠司は野口の質問が理解出来ないと言った感じの返答をした。
「飛んでる鳥でも射ち落して狩猟生活でも始めるのか?」
「うむ、それも良いな。しかし犬が足らん」
「……確かにあの動物は原始生活には必要不可欠だな」
「野口よ、正気か?」
早くも野口のボケに飽きてきた誠司が本題に戻そうとした。
「じゃ早く言えよ。何をするつもりなんだ?」
「野球だ、ベースボール」
「グローブやベースはどうした」
「そんな細かい物はどうでも善いだろ」
誠司のこの一言に児島は思わず『え?』と言う顔をした。グローブやベースが無くても野球が出来るとでも誠司は言っているのだろうか。確かに細かいかも知れないが、児島は少々聞き捨てならなかった。
「何時までも引き摺られては互いに困るだろ。いい加減落着させようと、な」
「……は?」
訳が分からないと顔でも野口は訴えたが、誠司はそんな彼を無視して説明を始めた。
「児島はピッチャー、野口はバッター、1打席勝負。児島は野口を抑える、野口はヒット性の当たりを打つ。それが互いの勝利条件だ」
「………」
「さぁさぁ、マウンドとボックスについたついた」
2人の視線を回避して誠司は2人の背中を叩き、2人の間に入ると肩を組んだ。そして2人に聞こえる様に囁いた。>
「全ては城之内嬢の為に、な」
そして誠司は再び2人の肩を叩くと2人から一度離れ、キャッチャーミットを填め始めた。
(成程……)
その一言で児島は漸く誠司の本心を理解出来た。
(………)
今更無意味なこの争いで、児島の未練を打ち切らせる。既に2ヶ月前には自分の中で決心していた。分かっていてもどうしても彼の視線は陽子の方へ。……きっと誠司が与えた最後の機会なのだろう。
(なら、全力で行かせて貰うよ)
児島はゆっくりと、しかし力強くマウンド上に立った。
「……何となくお前のしたい事は分かった」
一方の児島の対戦相手、野口はバッターボックス手前でバットの打つ方を地面に立てながら誠司に、感心するように言った。
「でもさ、それなら別にこのやり方以外にも方法はあったろ」
児島の未練さは野口も少々気付いていた。野口と陽子の縒りが修復した当時は感じていなかった。もう完全に諦めたのだと思っていた。しかし今月、運が良いのか悪いのか、陽子と同じクラスとなった上、五十音順の席順で隣の席になってから、また始まった。野口は敢えて知らない振りをしてきたのだが――
「打ち抜いてやれ。それが礼儀だ」
これはもう強制イベント、逃げる事など出来ない、と言う様に誠司はそう告げると中腰になり捕球の構えに入った。誠司も正直野口が児島の球を打てる筈など無いと思っていた。しかし、クリーンな闘いで児島自身既に決着しているのならこの争いの勝敗など関係無かった。児島への最後の機会提供、彼なりの優しさであった。
「……知らねぇからな」
野口は何か言いたげそうに呟くも渋々バッターボックスに入ると、グリップを短く握った。既に勝敗が決まっている闘いが、始まろうとしていた。
コンコン
所変わってここは演劇部部室前。何やら慌しさをどうにか隠している様なノックが響いた。
「どうぞー」
そのノックに新部長の高田が応答した。発声練習が終わりこれから文化祭に向けての出し物を決めようとしていた矢先であった。
ガラッ
「あの、城之内さん、居ますか?」
そこに現れたのは3年にして旧部長・陽子のクラスメート、綾であった。『失礼します』の挨拶を忘れている所からも少々慌てているようである。走ってきたのだろうか、綾は他の人に気付かれない様に小さな呼吸で心身を整えていた。そんな努力もあってか、部員からは慌忙さが窺え無かった。
「あ、綾ちゃん、どうしたの?」
その陽子も気付いていない様で、遅走りで綾の元へ駆け付けた。
「さっき窓から見えたのですが、卓磨さんが校庭で野球を……」
綾は単刀直入に陽子に事を告げた。文芸部の綾は千恵子と共に部室へ向かおうとしていた。文芸部は部活棟では無く、通常教室で活動をしている。空いている教室の使用許可を得る事からこの部活の活動は始まる。この日も3階の教室の使用許可を得、その教室へ向かっていた。3階に着き、ふと視線を窓に向けた。春らしい暖かな白色光線が窓の外から降り注ぎ光のカーテンを形成していた。そんな窓から見える校庭では3人の男子生徒の姿が。様子から明らかに野球を始めようとしていた。それだけなら綾もそれ以上は注意を向けなかった。しかし、バットを手にしている生徒は、遠目でも綾には野口だと直に分かった。綾は千恵子の事など忘れて慌てて陽子の元へ駆けつけ、そして今に至る。
<「……それ本当?」
「はい」
綾のその報告に陽子の顔が思わず暗くなった。普通に考えればそんな光景など一々報告する必要など無い。只、今回の焦点は、あの野口卓磨が野球をしているという所なのだ。
「……御免、ちょっと抜けるね。若しかしたら戻ってこないかも」
「え?」
陽子のその言葉に高田は戸惑っていたが、そんな彼女を横目に陽子は鞄を手にし、綾と共に校庭へ向かった。万が一の事態にならなければ良いが、2人はそう思っていた。>
<「…ファール」
児島の放った外角低めのボールは野口のスイングに捕らえられた。しかしそのスイングはタイミングが合っておらず、ガキッという打ち損いの音を立てて野口の真右へと飛んで行った。
「球拾いは、……居ないんだよなぁ」
誠司はそう呟き舌打ちをしたが、スッと立ち上がるとファールボールを拾いに向かった。
「ふぅ」
投手・児島は冷静に1つ息を吐いた。一見すると彼の身体は貧弱に見えるが、意外にも児島は速い球を投げる。誠司はこの児島の能力を知っていた。いや、誠司だけでなく、他の生徒も知っている。1時間の制限時間の野球が行われた去年の球技大会で、2学年のチームの先発をした児島は最初の1年選抜チームに5回終了の試合であったが完全試合、3年選抜にも4回終了の試合だったが2安打1四球無失点という完璧なピッチングを見せた。今や彼のピッチングスキルを知らない者は新1年のみである。
「児島、行ったぞー!」
誠司のその叫びに反応し、児島は飛んで来た白球をグローブでキャッチした。
「これで2−1だからな」
漸くバッターボックス裏に戻ってきた誠司は野口にそう告げた。一方の野口は『それ位分かってる』という顔をした後、ボックスに最初につく時よりも僅かに長く持って構えた。初球は肩をつくらせる時間を与えなかったせいか、アウトコース高めに大きく外れた。2球目は内角高め、野口はこの球を見送りストライク。そして3球目はこの段落の第2・3文に書いた通りである。
(手加減無しか。児島、本気だな)
捕手を務める誠司はそう思った。2球目に掴んだボールは球技大会の時並みの重さを感じた。それだけ児島は本気なのだ。誠司は4球目のサインとして真ん中に構えた。『ここに投げろ』では無く、『好きな所に投げろ』との暗黙の了解。そのサインに児島はコクンと頷くと投球の構えに入ろうとした。>
「!」
一方漸く校庭に姿を現した綾と陽子の視線の先には既に集まっている野次馬、坂上・歩・千恵子・鏡の姿があった。どの様にして坂上・歩・鏡に伝わったのかは今回敢えて触れない。
<(卓磨……)
陽子は心配そうに野口を見つめた。何度も言う様だが、あの野口卓磨が、突然の展開とは言え、野球をしているのだ。歩・千恵子・鏡には珍しい2人の競争と思っているが、綾・陽子・坂上には無謀な冒険にしか見えていなかった。丁度1ヶ月前の春休み、野口達は春の商店街に出かけていたが、その裏では、野口はその日以外何処にも出掛けていないのだ。この裏に隠された事実が3人の心配を与えているのだが――>
(これが、最後……)
児島はゆっくりとモーションに入った。
「打ってやれ」
誠司は最後の1球になるであろう、4球目の勝負の前最後の一言を野口に言った。野口はそれに応えるかの様にグリップを強く握った。
(行け!)
児島が放ったボールは真っ直ぐ誠司のミットへ、そしてタイミングを計ったかの様に野口がスイングに入った。
<『児島よ、1つ訊きたいことがあるのだが』
4球目を放つ前、児島は何時か交わしたあの会話を思い出していた。1月の最後の方のあの日、昼休みに訊かれた誠司からの質問を。
『え? 何?』
『いいか、偽らずに、率直に答えて欲しい。お前は名家育ちは最高だと思うか?』
決して語彙力の多く無い誠司が精一杯考えた結果の問いだった。その直後、その『名家育ち』は陽子の事だと分かった。今思えば自分は馬鹿な答えをした、と後悔。しかしあの時の自分にはそこまで考える余裕など無く――
『うん。最高、とまでは言わないけど、良いとは思うよ。少なくとも貧しい家の育ちよりは親から愛されると思う』
児島はそう答えた。その答えに誠司は『そうか……』と実に残念そうに呟いた。『何? どうかしたの?』と訊くも『何でも無いさ』と誠司は答えるだけで、結局真相を聞く事が出来なかった。しかし、今になればその真相も分かってきた。名家育ち、聞くだけなら響きはとても良い。しかし、その裏には家系や伝統を尊重した生活しか送る事が出来ない。学業は好成績の為束縛的な家庭勉強、卒業後は有名学校へ進学、そして両親の知り合いの地位も財産もある者の元へ嫁がれる。全てはレールに敷かれた生活なのだ。一見すれば既に未来が見えており、楽な生活が送れそうである。しかし、仮に他の一般人を好きになったとしても、その人と交わる事は絶対に無い、自己に自由の無い人生なのだ。誠司は恐らくそう言った意味での質問だったのだ。それを児島は『良い』と答えてしまった。この事に気付いた児島は、あの時点でもう陽子を好きになる権利を失ったのだ。あの時に児島はもう陽子の事は諦めるしか無かったのだ。>
ペコン
そんな回想に耽乍ら投げていたからだろうか、児島が我に戻らせた音はそんな音だった。
「!」
金属バットで打ったには完全に打ち損ねた様な音。フライにしてももっと良い音がする筈である。
(ゴロ!?)
児島は慌ててサードキャンパスに目を移した。しかし、その先にはボールの物陰すら見えなかった。
(………)
野口に流し打ちが出来るスキルなど無い筈、だからファーストベース側にはボールは転がっていない。確認する様に1塁の方を向くも、同様にボールは転がっていなかった。
(どういう事?)
状況が理解出来ない児島は咄嗟にホームベースを見た。その先には強振したからであろう、バランスを崩しバッターボックス内に未だ居る野口と、唖然とした顔をした誠司。そのミットの中には――
(え?)
――白球が収まっていた。
「そんな、どうして……」
ど真ん中のストレートは言わばラッキーボール、最も打ちやすいボールである。そしてあのタイミングのスイングで空振りなどあり得ない。益々状況が理解出来なくなった矢先、
<「っ!」
野口が左手で右肩を押さえると、片膝をついた。カランと金属バットが音を立てて地面を転がった。何やら気不味い雰囲気になってきた。
「卓磨!」
既に野口の元へ駆けつけていた陽子が野口の元へ到着。そして――
ペチ
とても弱い平手打ち。
「『無茶をするな』ってあれ程言われてたじゃないの…」
「……悪ぃ」
陽子の優しい詰問に野口は只々謝罪するだけだった。
「………ねぇ、これって……」
本当に何が起きたのか理解出来ない児島は恐る々々誠司に訊いた。その誠司は強張った表情で――
「……児島、ナイスボールだった」
「え?」
「良い、直球だったぞ」
「そ、そうだった――」
「物理学的に、な」
「……え?」
物理学的直球、つまり運動上当然の動きをしたボールだったという事。空気摩擦で減速しながらも慣性の法則で直線運動、初速度と児島の腕の回転による遠心力、位置エネルギーによって運動したボールは通常真っ直ぐ進む。しかし、空気、地面に接していない場合、これらに加え、彼の偉人が発見した大きな忘れ物をしていた。
「ナイス、フォーク……」
そう、万有引力の法則。真っ直ぐ進んでいた球はある点を境に引力に捉えられ地面に落ちていった。只、今回は故意的に落ちる様にされていた……。
(馬鹿な……)
児島はその事実を知り、思わず両膝を地面についた。球技大会の時の癖、特に運動部に対しては当然の様に行っていた行動。ストレートで追い込んでからのフォーク、その癖が最後の最後で出てしまった。
「………」
歓声も落胆の声も無く、校庭の一角は只々静寂に包まれた。この日、陽子の『かも』の事態が起きてしまい、部室に戻ってくる事は無かった。>
−5− 恨殺と羞恥と…
<BGM1=東風 CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk1 トラック番号11>
<BGM2=根性なしの意気地なし School Days ORIGINAL SOUNDTRACK トラック番号6>
<BGM3=和やかDAY 青空の見える丘オリジナルサウンドトラック Disk1 トラック番号2>
<BGM4=橋のある風景 ひとひらオリジナルドラマ&Bgmアルバム2 野乃編 トラック番号13>
<BGM5=jocosity D.C.コンプリートオリジナルサウンドトラック Disk1 トラック番号5>
*<BGM5=jocosity D.C.F.S.〜ダ・カーポ・フォー・シーズンズ〜(PS2)>
<BGM6=クローバー まほらば〜Heartful days〜オリジナルサウンドトラック トラック番号10>
<BGM7=夏影 Kanon AIR PianoArrange Album "Re-feel" トラック番号6>
<BGM8=無間 CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk1 トラック番号20>
<「今日は一日中楽しんで下さい。以上です!」
山崎生徒会長の何時もの短い挨拶が終わり、そそくさと壇から降りた。恒例の集会が開かれる体育館とは打って変わって、緑が濃くなりつつある首狩山、木漏れ日の清々しさを感じられる一寸した広場に全生徒が並んでいた。山崎生徒会のサプライズイベント、オリエンテーリングは全校生徒を25前後の全学年混合チームに分け、歩達は昨年個人的に向かった沢迄のハイキングである。チーム分けは出席番号で決められた為、
「互いに足を引っ張りそうな先輩が揃ったな」
「そ、そうですね…」
P班の3年の野口と綾が自虐ネタで和んでいる一方、
「……ま、まぁ、今日はオリエンテーリングだし、楽しもうじゃないか」
「そう出来れば良いわね、盗撮魔」
「グッ……」
J班の3年、陽子と誠司の間では険悪なムードが流れていた。
「それではA班から順に出発して下さい」
副会長の坂上の一声でオリエンテーリングが開始となった。出発前から明暗を分けていそうなこの組み合わせ、果たしてどのような展開を見せるのか。>
「じ、城之内嬢、……もう少し…ペース……はぁ……落としてくれぇ…」
「みんな、そんな速い?」
「大丈夫でーす」
「問題無いです」
「じゃ良いわね」
J班の先頭を引っ張る陽子に一番後ろで班員のサポートをする誠司、の理想が早速崩れていた。誠司は徐々に班から遅れを取り始めたが、御構い無しに陽子はペースを上げていた。
<「古傷が痛み始めたんだ…。……ハァァ…」
何とか食らい付いている誠司だが、その疲労度は見るからに酷そうである。何時もらしくない誠司、その理由は――
「古傷? そんなのあったっけ?」
「……忘れた、とでも言うのか? …あのキック――」
「あ〜そうだったわね。雨が降ってた時に転んで階段から転げ落ちた時の傷よね?」
誠司の言葉を遮り陽子が、傍から聞けば思い出した様に聞こえる口調で言った。その直後後輩の中から吹き出し笑いが漏れた。
「そこ、笑うな! つか城之内嬢の言葉、偽り――」
「何か不満でも?」
陽子は訝しげに誠司を睨んだ。立ち位置もあり、陽子が誠司を見下す様になっていた。
「……いえ、別に」
恐怖すら覚えた誠司は降参せざるを得なかった。開始僅か数十分で後輩の誠司の見方が変わっていた。『盗撮魔』、『キック』の詳細は後の話で明かす事としよう。>
<「休憩にしよーぜ」
「え〜? また〜?」
「其方は画体が良さそうだけどこっちは凡人未満なんでね、運動神経は」
そろそろ半分といった所、P班の後輩の中から不満気な声が聞こえた。既に4回目の休憩を取っており、これで5回目である。10〜15分歩く度に休憩、のサイクルもあり、思った程進み具合は悪かった。
「はぁ〜〜」
J班とは打って変わって休憩ばかりのP班を引っ張る野口は山道脇に偶然岩を見つけ、そこに腰を下ろした。>
「大丈夫ですか?」
班の後ろでサポートしていた綾が追いつき、野口の隣に腰掛けた。
<「そっちはどうよ?」
「私は大丈夫です。ペースが緩ですから」
「そっか……。こっちは駄目だ。……こんな重労働、何ヶ月振りか…」
「そ、そうですか…」
全然疲れを見せず体力を持て余す後輩を横目に、野口達は会話を続けた。今回のオリエンテーリング、登山は非常に易しい物だが、野口には『重労働』の言葉が妙に似合っていた。体育は見学さえしていれば単位の取れる、ある意味特待生は通常生活にさえ支障が起きていた。今まで何とか出来ていた事が忽然と出来なくなる等、彼の身体には少なからず何か起きている様だ。
「……先輩方って仲良いんですね」
ふと野口と綾の間正面から話しかけられた。相手は誠司の知人の天沢だった。
「まぁな、ウン十年の仲だしな」
「ウン十年……。十数年の間違いでは?」
「お、流石は人生の先輩。僅かな違いを一瞬で見分けるとは、伊達に俺よりも1年永く生きて無いな」>
「…え?」
『人生の先輩』、『1年永く生きて』、その言葉に近くで駄弁っていた後輩達が一斉に振り返った。
「あ、あの……」
綾自身あまり触れて欲しくない内容に綾は野口にアイコンタクトを試すも、
「綾な、俺より一つ上なんだよ。年齢的には綾の後輩なんだよな、俺」
野口があっさり綾の本性を明かしてしまった。一瞬時が止まり、風が通り過ぎる音と鳥の囀り以外の音が一瞬で消えた。
<「「ダブリぃ!?」」
思わずタメ口になる後輩の趣味は完全に綾へと変わった。
「いや、そういう訳じゃ無い。小学校の入学が1年遅かったんだよ、歴とした現役生だけどな。でなきゃ……」
淡々と後輩の誤解を解いた後、ポンと野口は綾の左肩を右手で叩いた。
「この身体で同い年なんて、憲法違反だって」
「……ぁ……」
その言葉に綾は顔を紅潮させた。野口の言葉に加え綾の行動で、後輩男子の中にはその膨よかな身体に目が行ってしまう者が多数。
「………」
一方でそんな男子達に冷ややかな視線を送る後輩女子達に野口は肩を少し動かすボディランゲージで応えた。『男ってのは皆こんな者だぜ?』と伝えていた。>
<登山を始めて1時間半強、児島率いるI班はチェックポイントの沢に到着した。後輩達を他の3年生に任せ、山道近くの木陰に腰を下ろしていた。間に休憩を1度挟んだ事もあって児島は取り分け疲れる事も無く往路を制した。只慣れない山道であった事もあり、少々の足へのダメージは否定出来ない。
(にしても、水量多いし、水流やけに速いような……)
それは沢に着いて児島が直に気付いた事であった。前者は雪解けが原因、後者はその御負け。上流から流れてきた落ち葉が水流に呑まれ揉まれ、水中に消えて行ったり水面に再び現れたりを繰り返していた。そして下流へと流れていく費やした時間は予想以上に短かった。その先には平地へと流れる川との合流点があった。
(あそこは確か……)
児島はふと出発前に『班を替わってくれ』と懇願して来た誠司の事を思い出した。陽子に引き摺られ乍ら戻っていく直前、『沢と川の合流点には気を付けろ』と警告されたのだ。話によればその合流点は沢と比較にならない程深いらしく、毎年水の事故が起こっているそうだ。良質な山女が釣れる事もあって時期になると多くの人がその所に集まるのだが、その時に流されて溺死してしまうそうだ。>
「あ、児島君」
「え? …あ、歩さん」
危険地帯である確認をしている最中、Q班が到着した。3−1からは歩ともう一人の班であるが、
「標的、前方に発見! 皆の衆、我の後に続け!」
妙にハイテンションの3組の男子生徒のお蔭で和気藹々とここ迄来たが、その所為で休憩無しで連れて来られたのだ。
<「はぁ、流石に疲れちゃった」
体力は自信のある歩であったが、山道を1時間足らずで登って来た事もあり、両膝を両手で掴み乍ら言った。
「あれ? 野口君の班は?」
ふと児島は歩の班の前に居る筈のP班を思い出した。Aから順に着くなら野口達の班よりも後に着く筈である。
「あ、途中で抜いて来ちゃった。やっぱ野口君が居るからかな? でも可也仲良さそうだったよ」
時間を遡る事少々、もう何回目かも忘れたP班の休憩の脇をQ班を通過していった。折り返し地点までもう少しの所であったが、『もう少しここでイチャついているから頑張れよ』と僅かに労いに聞こえる言葉を掛けられて、方やの綾は慌てふためく姿も見られた。相変わらずな調子に滑稽さも覚え鮮明に覚えていた。
「あ、そうだ、先そこでね」
そしてしっかり覚えていた理由が、その場所の近くで拾った物であった。
「すっごく綺麗な……あっ!」
歩がジャージのポケットから取り出した薄い何かを取り出した、その刹那風が沢に吹き込んだ。その風は歩の手から何か奪い取り――
「待ってー!」
歩は丸で飛ばされた帽子を追いかける様に走り始めた。>
「あっ」
その瞬間児島の脳裏に悲劇が浮かんだ。歩が走る先には何時もと違う沢が――
<(まずい!)
本能的に児島は歩の後ろを走り出していた。
「取ったー!」
そんな事に気付かず歩は不安定な河原の石の上で爪先立ちして追いかけていた物を掴んだ。
グラッ
「え?」
突然の上からの圧力に石が傾き始め、慣性の法則で更に動き続け――
「キャッ!」
乗っていた歩も如何する事も出来ずそのまま沢へ――
ガシッ
正に間一髪のナイスタイミング、歩の腕に児島の手が届いた。そして予想以上の力で河原の方へと引っぱられた。>
「大丈夫?」
「う、うん……」
児島の描いた悲劇は免れた。児島の問いかけに返答も出来、歩自身も大丈夫そうなのだが、何故か顔を朱らめていた。
「?」
何かあったのか、歩の事を能く能く見てみると――
「!」
二人の距離は近接と言える程近く、歩の身体は児島の胸の中に――
「あ、ご、御免!」
簡単に言ってしまえば抱擁であった。児島は直に歩を解放したが、歩は暫く顔を朱らめていた。この出来事が2人のターニングポイントになるのだが、それは別の機会で。
−6− R1 WORLD CHAMPIONSHIP〜Round 6 French Grand Prix〜
<BGM1=もつれそうなストライド この青空に約束を― オリジナルサウンドトラック Disk2−約束− トラック番号4>
<BGM2=Through The Dark この青空に約束を― オリジナルサウンドトラック Disk2−約束− トラック番号5>
<BGM3=学校のテーマ〜新学期〜 ひとひらオリジナルドラマ&BGMアルバム1麦編 トラック番号1>
起源は1950年のF1開幕にまで遡る。F1は嘗てモータースポーツの最高位レースとして数々のレースを行ってきた。ところが21世紀に入り、サーキット(開催)側やチーム(参加)側の金銭不足、F1のスポーツとしての人気低迷が深刻化、F1はその歴史に幕を降ろしたのだった。しかしその後サーキット跡地問題が発生した。撤去だけでも莫大なお金が掛かる上に、場所によっては撤去してもその後の用途が不明な土地になってしまう。そこに日本企業がF1マシンに換わる新型のマシンの開発に成功、更にマシンコスト面での軽量化も成功し、R1、ローラー1と名付けられF1は再出発した。
ヨーロッパ州第2戦となるフランス戦はルマンという都市のサーキットで行われた。全長4.383kmの時計回りのコースは大きな起伏が無いもののヘアピンコーナーは3つ、高速コーナーの無いテクニカルコース。更に次戦に控えたモナコGPがホームグランプリとなるゲドラワークスとしては調子づいておきたい1戦でもあり、観客席はこのチームのファンで埋め尽くされる。
土曜日、翌日の決勝のスターティンググリッドを決める公式予選が行われた。序盤からゲドラワークスとコンストラクターズで競うヴェネツィアン・レーシング、イタリアに本拠地を置く嘗てのF1で『跳ね馬』と呼ばれた常勝軍を思い出させる強豪、が今回も上方のグリッドを占めるものと思われた。ポールポジションのヴェネツィアン・レーシングのセバスティアーノ・ピローゼまでは下馬評通り。しかし以降はテテ・ロズベルグ(ウイリアムズ・BMW)、オットリーノ・グランチェスタ(トヨタレーシング)、アドルフ・シューマッハー(ウイリアムズ・BMW)と、ダークホース的存在の3ドライバーが健闘を見せた。ゲドラワークスの主将にして現在ポイントランキング2位のケーニヒ・ゲドラは5番手、ピローゼに0.4秒以上届かなかった。その後方6番手からスタートするのはヴェネツィアン・レーシングの主将にして現在ポイントランキング1位のジョルジュ・フェラーリ、この思わぬ躓きをどう挽回するのか。
日曜日、決勝当日は朝から晴天に恵まれた。ただ思った以上に気温は上がらず19℃、路面温度35℃、更にホームストレートでは時折6m/sの横風。この環境を味方につけられるドライバーは果たして誰か。
………
……
…
<フォーメーションラップも終え赤シグナルが徐々に点火、全てに灯った後全ての赤シグナルが消滅した。ブラックアウト、レース開始。フルスロットルで第1コーナーへ20台のマシンが向かう。そんな中ピローゼはスタートでミス、第1コーナー進入前までに3位に転落した。一方好スタートを切ったフェラーリは4位にまで浮上した。その後方では急ブレーキ等で自然と混雑し、17番手スタートの片山哲(ジョーダン・コスワース)は1つグリッドを上げコーナーに進入した所でチームメイトのイザーク・ミナルディに接触、両者コースアウトしマシンストップ、チームメイト同士の接触という最悪の形で、0周でフランスGPを終えた。この一件でイエローフラッグが振られたもののセーフティカーはコースインしなかった。3周目、シューマッハーはフェラーリをターン5で捕らえるとインを抉じ開け4位をもぎ取った。更に同周、13位走行中のアダム・ブッシュ(ヘメルガンR1チーム)は12位を走るマリー・テレーズ・ベルナール(BAR・ホンダ)をバックストレートで捕らえ、順位を1つ上げた。一方1位を快走するロズベルグ、2位のグランチェスタとの差を徐々に離して行った。9周目、早くもピット作業が始まった。今レースで3ストップ作戦をとっていると思われるドライバーは8人で、多くは2ストップのようだった。エッカルト・ゴルトベルグ(BAR・ホンダ)は7.1秒の静止の後コースへ復帰して行った。その後もピローゼ、ロベルト・カルロス(レッドブル・トヨタ)などが13周目までに1回目のピット作業を終わらせた。
20周目、エドワード・シェクター(ヘメルガンR1チーム)がピット作業を終えコースイン、これでミカ・ライコネン(マクラーレン・メルセデス)を除く17台全てが1回目のピットストップを終えた。好ペースだったフェラーリは1回目の作業が9.0秒とてこずられ調子が狂ったのか、ケーニヒの後ろ7位を、ケーニヒを尾行する様に距離が縮まず離れずの所を走り続けていた。未だピット作業をしていないライコネンは意外にもタンクに積んでいた様で、1ストップ作戦にした様だ。ホームストレートに戻ってくるまでの1分余り、ピットは静寂に包まれていた。暫定乍らも1位を走るライコネンの後方1秒ではロズベルグが虎視眈々と首位奪回を狙っていた。一方ルーキーのアラン・サブレ(トヨタレーシング)はベルナールを交わし11位に浮上、入賞まで後1つの所まで来た。彼には十分な力があるのだが、その力が空回りしレースをフイにさせるケースが過去5戦だけでも幾つか見られた。6戦目にして初のポイント獲得が見えてきた。28周目、ゴルトベルグが2回目のピットイン、6.9秒で作業も終わった。ところがロリーポップマンがGOサインを出した所でエンジンストール、慌ててエンジンを復活させたが、この一件でゴルトベルグの今レースの入賞は絶望的になった。3ストップ作戦のドライバーの間を縫って31周目、ライコネンがようやくピットイン。10.2秒の静止時間の後コースへ復帰していった。しかし悪夢は2周後に起きた。ターン11でフェラーリにオーバーテイクを試みるが失敗、この負荷がエンジンに効いたのか、ライコネンのエンジンが火を吹いた。調子の良かったライコネンには悲劇でしかなかった。ライコネン、エンジンブローで30周目で姿を消した。
通常サーキットで行われるレースでは等間隔でのピット作業が行われる。燃料タンクが極端に重いと加速・旋回力・減速が悪くなるだけでなく、ドライバーもその重さに慣れるまで時間が掛かってしまう。しかしマシンの調子が良かったり、相手にプレッシャーを与える意味で変則的なピット作業をする時もある。今回のBMW勢はその傾向であった。シューマッハーは16周目の1回目のピットストップを極端に短くし、軽いタンクで周回を重ねた。予選前から多く積んでいた様で、2回目のピットストップが43周目、25周以上の周回をした。静止時間は8.1秒だったが、前周で1:25:303のファステストラップをマーク、ロスタイムを最小限に食い止めた。『金曜日からマシンも調子が絶好調だった』と言っていた通り、BMWの2台は1−3体制を築き上げた。>
<残り5周、ここからケーニヒとフェラーリの熾烈な5位争いが始まった。インに突っ込みタイヤスモークを上げる程の急ブレーキをしてまでギリギリまで攻め込みケーニヒを捕らえようとするも、ベテラン・ケーニヒが紙一重のブロックを見せ前に行かせない。この0.1秒単位の争いがチェッカーまで繰り広げられた。セミファイナルラップ、最終コーナーのシケインでグランチェスタは漸くシューマッハーを捕らえ3位に浮上した。ところがホームストレートエンドでシュマッハーがサイドバイサイドまで持ってくると鮮やかに抜き返した。この周のタイムは、43周目のファステストを出した時よりタンクは重かった筈なのにそのファステストより0.05秒遅いだけのタイムだった。直ぐ様後方からのプレッシャーを受け乍らも残る4キロ余り、このまま逃げ切ったBMWが今シーズン初のワンツーフィニッシュを飾った。>
<レース後のインタビューで『モナコ前にこの様な結果を出せたのは本当に良かった』と、ウィナーのロズベルグは語った。一方ダブル入賞したとはいえヴェネツィアン・レーシングにポイント差をつけられたゲドラワークスは『来週までに改善しておかないとね』と口を揃えた。8位には初入賞となるブッシュ、10位にはライコネンのチームメイト、ブルース・マクラーレンJrが飛び込み、マクラーレン・メルセデスはかろうじでノーポイントを避けた。ドライバーズポイントはケーニヒがフェラーリより1つ上の順位でチェッカーを受けた事もあり、54点で1位タイになった。優勝したロズベルグは12ポイント獲得、順位を2つ上げランキング3位に浮上した。コンストラクターズではBMWが1試合最高得点となる22点を取り、73点でゲドラワークスを抜き2位に浮上した。一方の抜かれたゲドラワークスは今レース僅か8点、思わぬ失速となってしまった。母国戦ではその強さを再び示せるだろうか。>
最終成績*( )内の数字はスターティンググリッド
1st T・ロズベルグ(2)
2nd A・シューマッハー(4)
3rd O・グランチェスタ(3)
4th S・ピローゼ(1)
5th K・ゲドラ(5)
6th G・フェラーリ(6)
(以下略)
出走20台、完走18台
−7− 白昼の男女の密談
<BGM1=気分は上々ナイスデイ 青空の見える丘オリジナルサウンドトラック Disk1 トラック番号4>
<BGM2=あ、怪しい… あずまんが大王オリジナルサウンドトラック vol.1 トラック番号23>
<BGM3=約束 Kanon AIR Piano Arrange Album "Re-feel" トラック番号1>
<BGM4=馬鹿ふたり CLANNAD OROGINAL SOUNDTRACK Disk1 トラック番号16>
<BGM5=スリーデイ・ディテクティブ 青空の見える丘オリジナルサウンドトラック Disk2 トラック番号8>
<BGM6=jocosity D.C.コンプリートオリジナルサウンドトラック Disk1 トラック番号5>
*<BGM6=jocosity D.C.F.S.〜ダ・カーポ・フォー・シーズンズ〜(PS2)>
<BGM7=闇と沈黙 School Days トリジナルサウンドトラック トラック番号9>
<BGM8=運河はめぐる ARIA The NATURAL ORIGINAL SOUNDTRACK トラック番号4>
<BGM9=ROCKIN' MOKKIN' CHAIR この青空に約束を― オリジナルサウンドトラック Disk1−青空− トラック番号10>
<授業終了を告げるチャイムが鳴り廊下には生徒の賑やかな声が響き渡っていた。取り分け休み時間とは異なる昼休みはその賑やかさが増していた。
「で、結局現像に失敗した上にフィルムも駄目になって撮り直しか」
「あぁ。やっぱ自宅の即席暗室じゃ駄目だな」
珍しく女気の無い面々、野口・誠司・山崎・児島で昼食を摂っていた。この日の朝、『女子達で話したい事がある』と言われており、男子と女子は別々のグループを作っていた。その女子一同は陽子の席の近くの机をくっ付け、陽子・歩・綾・坂上・智恵子・鏡・木村の7人で昼食を摂っていた。
「何時、何時?」
陽子が無邪気な笑みを浮かべる一方で、何か訊かれている歩は少し、いや、大分様子が違った。この前からの質問にも答え辛そうな曖昧な答え方をし俯き加減で体をモジモジとしていた。彼女の頬が紅潮している所からも、何かに恥ずかしがっている様だった。この異変に陥らせたのは坂上のある話題。今は坂上の話を聞いた陽子が乗って共に質問をし、その2人を止めさせようとしているが殆ど役に立っていない智恵子・鏡・木村、綾は中立を保ち傍観を貫いているが、歩にしてみれば一番質の悪い立場であった。>
<「歩ちゃん、溜め込んでおくのは身体に良く無いよ?」
「そうそう。早いとこ楽になっちゃった方が良いって」
中々口を開かない歩に2匹の悪魔が囁いた。男性陣が居ないのを良い事に暴走を続ける2匹の悪魔に野口は呆れた様に見ていたが、次第に興味から外れて行った。3人のストッパーも彼女等2人には完全に無力であった。>
「……如何しても言わなくちゃ駄目、だよね」
終に2匹に1人の少女が屈した。歩はこの話題に入ってから一口も弁当を口にしていない。空腹である筈なのに歩は弁当の前に箸を置き、一呼吸をしてから応えた。
<「あれは、一昨日だった、かな」
一昨日、世間でゴールデンウィークと呼ばれる連休の1日で、『みどりの日』と制定されてからもう久しい。
「児島君に会ったのも本当に偶然で、その時は偶々財布を落として小銭が散らばっちゃって、そこに偶々児島君が通りかかって……」
『偶然』、『偶々』と同じ意味の言葉が立て続けに使われている辺り、羞恥心から上手く脳が回転出来ていない様である。歩は相変わらずモジモジと、時折肩まである自分の髪を弄り乍ら話していると、陽子に『ねぇ』と横槍を入れられた。>
「取り敢えず言いたい事は後にするとして、そういう過程は好いからさ、何て言われたの?」
「え? な、何を?」
<「何をって、告白の言葉」
薄々気付いていた方も居るかと思うが、今の話題は『歩の恋人疑惑』である。昼食を摂り始めてから間も無く坂上が『昨日歩ちゃんが児島君と手を繋いで歩いているのを見た』とカミングアウト、現在の展開に至る。
「…えっとぉ………その……」
「「うん」」
2匹の悪魔は今か今かとその言葉を待っていた。その言葉を聞かなくてはコイバナ、恋話では無い、そうオーラで豪語していた。制止を突破された3人も息を呑んで歩を見守っていた。
「……前から、ずっと好きだった、て…」
歩は顔をさらに朱らめた。6人はベタ乍らもその言葉の威力に暫く返答も忘れ、場は廊下の生徒の笑い声が聞こえる程の静寂に包まれた。
「……で、あっさりOK、と」
「良いねぇ〜、若いねぇ〜、純愛だねぇ〜」
坂上は実年齢を疑う様な台詞を言い乍ら音を立てない様に左手掌を机の寸止めで机を叩く振りをした。
「で、キスとかしたの?」
更に坂上が突っ込んだ質問をすると、歩はブンブンと首を大袈裟に振り、
「そ、そんなの全然! あの時手を繋いだ時だって凄い恥ずかしかったんだから」
「手を繋いだだけで? やっぱ純愛だねぇ〜」
アルコールが入っているとしか思えない坂上は同様のリアクションをした。
「でもキスぐらい恥じらずに出来ないと、ねぇ?」>
「え?」
もうこうなってしまうと坂上の独壇場である。歩に向けられていた矛先が卒然綾に向けられた。
<「静っちと会ったのもノグ経由、その時もとても仲睦ましそうだった、て小耳に挟んでるけど」
「え? え?」
歩の振る舞いにクスクスと笑っていた綾の顔は段々と驚きへと変貌していった。
「こうやって歩ちゃんも告白してくれた訳だし、綾ちゃんも、ね? ……何回した? 因みに僕は一回だけ、小学校に入る前だけど」
坂上は何も躊躇う事無く自白し、綾の告白を迫った。6人の視線が直に綾の方へ向いた。
「えっと……」
自分でも紅潮しているのが分かる程顔が熱くなった。逃げ場の無いフィールド、正に四面楚歌、選択肢など在る筈無かった。>
「……3回……」
綾のその告白にピシャーンという効果音が入っても可笑しく無い程6人は驚殺し硬直した。
<「…で、でも、マウストゥマウスじゃ無いよね?」
何か敗北感を個人的に感じた坂上はめげずに綾に訊いた。坂上が交わした唯一の接吻は略未遂のマウストゥマウスであり、綾にそれをする程の度胸があるとは――
「2回目だけは…」
先の歩の様に綾は俯き加減で小声で応えた。しかしその返答は一同に計り知れない攻撃力があった。2回目だけは少なくとも口では無い。では、1、3回目はどうなのだろうか、聞かなくても分かりきっているのだが、坂上は自爆覚悟で質問を続けた。
「ま、真逆、舌まで?」
彼女に誰がそんな知識を入れたのかは今は別問題。坂上は飛躍した問いかけをすると、やはり妹同様、大袈裟に首を横に振り乍ら応えた。
「そ、そこまではしてませんよ!」
周りに聞こえる心配もせずに綾はやや大声で応えた。一部の生徒が振り返っていたが、7人にはそれを確認する余裕など無かった。
「……つまり、ファーストキスは完璧なマウストゥマウスですか」
「……(コクリ)」
6人が開いた口を塞がず頬を朱らめる綾を見つめた。以前野口が綾と2人きりの時に言っていたあの『定理』はやはり正しかったのだろうか。
「…良いなぁ、良いなぁ〜。あの時、ノグが逃げそうになったから殆どズレちゃったんだよねぇ。ねぇ、ファーストキスはレモンの味がするって聞くけど、本当? 僕は本当に昔の事だから覚えて無いんだよね」
完璧に開き直った坂上は綾へ質問攻めを始めた。その後歩は坂上の怒涛の質問と予想外に威力のある返答をする綾の遣り取りに箸が進まなかった。>
その一方で智恵子は妙に落胆した陽子を見た。
<坂上の綾への質問している時期は、氷河期と呼べるあの頃の物である。その物語の本人が明かす、陽子の知らない時間を歩んでいた野口と綾の関係を根掘り葉掘り告白されてはこの上ない苦痛ではないだろうか、と不安になっていた。坂上と綾を交互に見ていた陽子はそんな智恵と目が合うと、複雑そうな笑みを浮かべた。>
<「てな訳でこっちは休み中何処も出掛けて無い訳よ」
一方の男子陣も女子陣程では無いが其れなりに盛り上がりを見せていた。やはり恋愛という物の威力は半端無い様だ。
「それにしても、政府、終に可決したな、ハーレム法」
怠そうに机に頬杖を付くと野口が率先して話を切り出した。それは昨晩のトップニュースを飾る程大々的に報道されたのだ。日本は先進国として技術やGDP等の高さはトップクラスなのだが、インフラの整備は半世紀前からずっとワースト、この面では後進国なのだ。今迄欧米文化の追っかけを続けてきた日本が終に真似をしてしまったのが一人の夫が複数の妻を持てるという、所謂一夫多妻制。極度の少子高齢化が進む日本で手を出してしまった、と言っても良いだろう。同性同士の結婚が認められてから30年足らずで認めたハーレム制。政府は別名逆ハーレム法、一人の妻が複数の夫を持てる「一妻多夫制」を今年迄に参議院も通過させようとしている。
「でも、抑々日本人の特性に合わないし、そこまで期待出来るとは思えないんだが」
一部の専門家は今の少子化に歯止めを掛けられると言っているが、野口の様に抑々ハーレム制に反対の意見も多い。児島も野口の意見に同意らしく強く頷いた。
「野口よ、そんな保守では駄目だ。これからは寛大に他文化を受容し尊重しなければ駄目だ」
一方誠司は肯定的意見を述べた。女子陣とは異なった白熱した話題は時事問題『一夫多妻制可決による利潤は何か』であった。
「あ〜、そりゃ滝野、負け犬の遠吠えにしか聞こえないぞ。17年間彼女が居ないからって」
「な、負け犬だと? まだ17歳の青二才だぞ? 人生はこれから――」
「その言葉、年金が貰える歳になる迄残しておけ。言ってしまったら最後だぞ? 幾ら顔は良いからって――」
「それは違うぞ、野口」
「んあ?」
「人は外見じゃ無い、中身だ、違うか?」
「………」
誠司がここぞ、と言った正論は野口に沈黙を与えた。その沈黙は誠司に勘違いをさせるのに十分であった。
「どした? 余りの正論に言葉も出ないか」
誠司は自慢げに野口に言い放った。それを聞いた野口はゆっくりと口を開き――>
「いや、お前にそう言われても説得力無ぇわ」
<「な……」
「なぁ?」
野口は早速児島を味方に就けようとした。
「きっ貴様、此奴の味方をするのか?」
誠司は児島が野口サイドに就かない様に少々感情的に児島に迫った。その児島は笑って誤魔化すしか無かった。
「見ろ、無言の肯定だ」
「無言では無いという突っ込みはさて置き、貴様、裏切るのか!?」
一方は冷静に、一方は感情的になって白熱させていたが、正直どうでも良い事の方に引火してしまった様だ。その遣り取りを傍観し、昼食を完食した山崎は一式を片してからふと思い出した事を口にした。
「俺の出番って今回これだけ?」>
−8− 元祖桜花生達の暗号
<BGM1=休み時間デスカ1 あずまんが大王オリジナルサウンドトラック Disk1 トラック番号5>
<BGM2=キボウノカゼ sola Original Sound Track ソウキュウノハテ トラック番号4>
<BGM3=君の横顔 School Days ORIGINAL SOUNDTRACK トラック番号3>
<BGM4=灰燼に帰す CLANNAD OROGINAL SOUNDTRACK Disk1 トラック番号17>
<BGM5=馬鹿ふたり CLANNAD OROGINAL SOUNDTRACK Disk1 トラック番号16>
<BGM6=これが、夢ならば。 青空の見える丘オリジナルサウンドトラック Disk2 トラック番号9>
<BGM7=knife or saw? School Days ORIGINAL SOUNDTRACK トラック番号18>
<BGM8=ウソツキ アニメ『School Days』 Ending Theme+ トラック番号1>
<BGM9=ROCKIN' MOKKIN' CHAIR この青空に約束を― オリジナルサウンドトラック Disk1−青空− トラック番号10>
<BGM10=気分は上々ナイスデイ 青空の見える丘オリジナルサウンドトラック Disk1 トラック番号4>
<BGM11=Bring New Cloth! まほらば〜Heartful days〜オリジナルサウンドトラック トラック番号25>
本間学園から白河高校、真逆の手続きミスによる桜花学園への編入と、慌しく環境が変わった木村。しかしその編入先で最も望んだ環境を手に入れる事が出来、順風満帆な一時を今日もまた過ごしていた。
<「と言う訳で今日もまたこれ、宜しくな」
「フッ、そう言うのは勝ってから言う物だ」
「……怒涛の15連敗」
「五月蝿ーい! 今日こそは勝つって言ってるんだろ?!」
「いや、1虚空も言って無いし……」
「論より証拠! 行くぞ! ジャンケン……」
日に日に初夏の気候を感じ取れる様になって来たある昼休み、例の如く野口と誠司は妙に力んだジャンケンを始めた。誠司提案の飲み物を買いに行かせる勝負は、提案者の未勝のまま16回戦を迎えた。
「だから言ったのに、宜しくなって」
「何故だー!!」
この日もまた野口が勝利を収め、これで開幕からの連勝を16に伸ばした。
「と言う訳で、陽子・児島・山崎・安田の分も宜しく。はい、3分以内」
「最近妙に仕事増えてますよね!? 今回は安田のもですか! しかも制限時間付きで!」
「あれ? 気付いちまったか。誠司だったら気付か無いって確信してたのに」
「1人目の時点で気付いてました! そこまで鈍感じゃありません!」
「はいはい、そう言ってる内に残りが165秒に……あ、今164秒」
「くっそー!!」
半ば無理な注文も付けられたが、誠司はダッシュで購買の方へと消えて行った。最早この任務は彼の仕事と化していた。>
「……あんた達って、本っ当にそんなつまんない事で勝負出来るわね」
制限時間が160秒を切った丁度その時、陽子が廊下側の窓から呆れた様に野口に言った。
<「陽子はこれで良いんだよな?」
振り返った野口は陽子に自分の喉の下の辺りを拳で軽く叩いてみせた。傍から見れば不可解なポーズである。
「……うん、それはそれで良いんだけどさ……」
「さ?」
「……やっぱ良いわ。馬鹿に効く薬なんて無いし」
「あいつと一緒にすんなよ〜」
馬鹿呼ばれされ野口は少々ガックリとして教室へ戻ってきた。>
(あれは確か……)
ふと木村は野口の不可解ポーズを思い出していた。彼達の間だけで使われる暗号の様な物なのだが、彼女がそれを初めて目撃したのはオリエンテーションを数日後に控えた皐月目前のある日の事だった。
<「って事は何回も会ってたんだ」
「はい。後、1回だけですけど綾さんとも」
音楽室から戻ってくる途中、山崎と木村は始業式の日、野口達が初対面で無かった事の話で盛り上がっていた。野口と始めて会ったのは1年生の晩冬、坂上の紹介であった。それ以降の坂上又は野口との交流は累計で3桁に近い。一方綾と初めて会ったのは2年生の秋、野口経由で1度だけ会っていた。性格も似ていて直に意気投合した。綾とは実に半年ぶりの再会であった。
「でも山崎さんとも久々ですよね」
「だよね。2年ぶり、かな?」
同様に久しいのは現在進行中で話をしている山崎。山崎とは本間学園中等部卒業式の日以来であり、旧友との再会に始業式の日は一段と話が盛り上がっていた。
「心強いですね。みなさんが居ると」
「そ、そう?」
「はい」
木村は心底今回の手続きミスに喜んでいた。全く違う校舎でも知り合いが多く居れば、心強い事は確かである。
ガラ
ゆっくりと歩いてきた為漸く到着した教室は非常に賑やかだった。2人は其の儘自分達の席へ――>
<「まっ待て。取り敢えず話を聞いてくれ」
「堪忍袋の緒が切れる迄はね」
「陽子がこう言ってる時は変な事言うと存在を消されるぞ?」
席に戻る途中、妙な光景が飛び込んで来た。自分の席に座っている誠司は陽子達と話していた。しかしその陽子は偸閑に怒りの笑みを浮かべていた。陽子の様子を実況している野口も又その声には怒りの感情を捉える事が出来た。その彼の手には1枚の写真が握られていた。
「何何? 修羅場?」
変わった事への興味は人一倍大きい山崎は教材を手にしたまま駆けつけた。
「修羅場で済めば良いけどな」
野口はそう言うと写真を山崎に見せ付けた。>
この写真がどうやら発端の様なのだが――
「!」
<「滝野君、軽犯罪法ってご存知〜?」
先の実況の時よりも野口の声には怒りの割合が強くなったのを誰にでも感じ取れた。問題の写真には、黒い傘の中で野口と陽子が仲睦ましそうで、簡単に言ってしまえば相合傘であった。最近雨が降ったのは一昨日で、帰り際、陽子が折り畳み式の傘を開こうとしたが開きそうに無かったのを山崎は目撃していた。
「へぇ〜」
「……そちらの興味、移ってない?」
思わず山崎が漏らした感嘆に野口が呆れた様な口調で訊き返した。
「え? 駄目? でも良いなぁ〜、こんな事が許される仲なんて」
「静佳はん、そ奴引っ張り出して」
「え? あ、はい」
野口が親指1本で指示を出すと、木村は山崎を野口達の輪から少し離れた所に移動させた。そして丁寧にも写真も返してくれた。>
「で、話す気になった?」
「既にその気だから聞いてくれ」
それと同時進行で陽子が誠司に追及を続けると、誠司は本当に観念そうに話を始めた。
<「あの日、安田と小山とで賭けをして負けたんだ。最初はもっと非道い事をさせられる所だったんだ。だから俺は土下座までして……」
その日偶々同日にあった世界史の小テストで勝負をする事となった。結果誠司は惜敗してしまった。当初は「無作為に選んだ女子1人の下駄箱に直筆のレブレターを入れる」という物であった。しかしこの歳になってはそんな冗談は冗談で通用しなくなっている。誠司は他の物を頼んだが、『それが人に頼む時の態度か?』と安田に言われる始末。結局土下座をして「1枚カップルの写真を撮ってくる」という物に変更して貰ったのだ。そのカップルの焦点を不運にも野口・陽子ペアに合わせてしまったのだ。>
「つまり盗撮は罰ゲームで、俺達は妥協レベルだったと」
「卓磨、どうしようか?」
<「……フリーズドライで粉々にしようか」
「偶然ね、私も同じ考え」
「いや、現像液のプールの中に1週間放置ってのも有りだな」
「あら、偶然。それも考えてたのよ」
野口と制裁量刑を検討し始めた2人の声から少し怒りの感情が消えていた。しかしその量刑は何れも死刑相当であり、過剰制裁であった。
「お、お前等、楽しんでるだろ…」
「こんな写真を撮られといて?」
誠司の率直な感想は陽子の怒りの火に油を注ぐだけであり、2人の憤怒の火を再燃させてしまった。
「頼む、この通りだ」
殺気すら感じた誠司は咄嗟に席を外すと直に土下座をした。>
それを見た野口は陽子の方を向き、陽子もそれに気付き振り向いた。すると野口は自分の左耳朶を右親指と人差し指で2回摘んだ。それを見た陽子は小さく縦に頷いた。このやり取りの間、僅か2秒足らず。
<「仕方無ぇなぁ。そこまで謝るなら許してやらなくも無いな」
「ほ、本当か?」
「ほら、立った、立った」
何も見えてなかった誠司は野口の言葉を鵜呑みした。野口の差し出した手に捕まると誠司は立ち上がった。矢張り持つ冪物は友達――
「いや、本当に悪か――」>
ゲシッ
ゴッ
<「ぬお〜〜!!」
――喉元過ぎても熱さを忘れる事は無かった、結局はこんな仕打ち。突如繰り出された二人のローキックは誠司の両向こう脛をしっかりと捕らえた。誠司は悶絶の声を漏らし床をのたうちまわり始めた。
「ちょっと卓磨、ワンテンポ遅かったんじゃ無い?」
「まだ阿吽の呼吸は完全じゃ無いみたいだな。にしても陽子、もう少し手加減してやっても良かったんじゃないか?」
「ちゃんと手加減したわよ。8割の所で止めてあげたわよ」
「じゃ誠司、お前オーバーリアクション」
「……貴様の足……金属……」
ドスッ
悶絶する誠司の指摘を野口の強さを増した義足攻撃で捻り潰した。誠司から最早悶絶の声も聞こえなくなった。
「すっげー、てか容赦ねー」
山崎もこの2人の逆転劇に思わず感嘆を洩らした。それと同時に木村は『耳朶タッチ』に不思議さを感じていた。>
<その不思議さへの留めは翌日の授業中での出来事であった。机の端をトントンと叩き陽子達を振り向かせた野口は右小指で顎を触ったり、右人差し指で眉毛を目尻の方からなぞったり、左人差し指と中指で額を叩いたりした。それを見た陽子と綾は左人差し指を横向きに立てた。その返答に野口は親指を立て、了解のサインを送った。そして3人は直に授業へ集中していった。良く良く見ていないと然程分かり難い動作に果たしてどんな意味があるのだろうか、木村は大きな興味を抱くようになった。同日の昼休み、木村は思い切って訊いてみる事にした。>
<「あれは何なんですか?」
「あぁ、あれ? サインかな? ローズとも言うけど」
「あ、ちょっと、それ私の」
木村に簡単に説明を始めた野口は陽子が持ってきた弁当箱から唐揚げを1つ取り、そのまま口へと運んだ。
「で、先の遣り取りなんだが、『昼飯は何処で食う?』と訊いたんだ。で陽子と綾は『2階』と答えた。2階、つまりここの食堂って訳だ」
「でもあの時城之内さん達はは指を1本しか立ててなかった様な…」
「10進法で2は『10』で表すんだ。親指を最初の位とすると、小指から中指・親指が立っていないから0、人差し指は立っているから1、00010となる訳だ」
「は、はぁ……」
「つまり10進法の10を2進法に変えると……」
突如始まった野口による2進法の講義。指の折り曲げを幾度無く、集中して見ていなければ不規則な動きを繰り返した後、薬指と人差し指が立っている状態(01010)でその動きが止まった。読者の皆様の中にはこの動きを知っている人も多い事だろう。
「っと、これが10だ。薬指は特殊な指だから動かし辛いんだよなぁ」
「そうらしいですよね。私も良くは分から無いんですが」
そう言い乍ら綾は箸を持っている反対側の手で2進法を数え始めた。
「まぁそれはさておき、静佳はんは知らなくて良いと思うんだが」
「え? それはどうしてですか?」
「毒には犯されない方が身の為だ」
「ボディローズって毒だったんだ…」
野口の毒発言を耳にした陽子は独り言の様に呟いた。
「言葉を発さずに授業中に話すべく開発された言語だぞ? どちらかと言えば毒だろ」
「その毒の開発に献身した私の身体は汚染済み?」
「……確認だが、此処は食堂なんだよな」
久々の再会となった桜花学園の木村自身を救ってくれた一同、しかしそのまだ氷山の一角を知っているだけでしかなかった事に気が付かされた一瞬であった。まだまだ友達同士でも知る冪未知の領域がある、木村は矢張りこの学校に来れて良かったと実感した。
「あ、コラ、ブロッコリー持っていかないでよ」
「ブロッコリー位良いだろぉ」>
−9− 月の昇らない夜〜una notte senza la luna〜
<BGM1=Dream Night D.C.〜ダカーポ〜 コンプリートオリジナルサウンドトラック Disk2 トラック番号5>
<BGM2=茫然自失 D.C.S.S.〜ダ・カーポ・セカンド・シーズン〜 オリジナルサウンドトラック Vol.2 トラック番号14>
<BGM3=5月のミルキー・ウェイ この青空に約束を― オリジナルサウンドトラック Disk1−青空− トラック番号13>
<BGM4=面影にひたる夕暮れ School Daysオリジナルサウンドトラック トラック番号8>
<BGM5=町、時の流れ、人 CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk1 トラック番号4>
<BGM6=冷たい涙 D.C.〜ダカーポ〜 コンプリートオリジナルサウンドトラック Disk2 トラック番号9>
<BGM7=リマインド 青空の見える丘オリジナルサウンドトラック Disk2 トラック番号10>
<「ふぅ」
夜間の気温が徐々に高くなりつつあり、少しずつ夏へと向かっている実感が強くなる皐月中旬のある夜、香澄は頭にタオルを乗せた格好で風呂場から姿を現した。髪は僅かに濡れていて何時もとは違う綺麗さが漂っていた。香澄は4月から竜治と同じ会社に勤め始めた。本間村の行政破綻により白河村へ編入されてからというもの利用客は格段と増え多忙となる時間も長くなった。
「敬語、ねぇ」
先程入浴中でもぼやいていた事を香澄は再びぼやいた。接客に当たって香澄も竜治も悩んでいるのが敬語。普通に使っていた表現は実は間違っていた、という事が何度もあり、その度に店長から正しい表現を教わって来た。
「『ご捺印して下さい』じゃ無くて、『ご捺印下さい』なんだよねぇ。何か捺印下さいの方が間違ってる感じがするんだけど」
日本語で決められた、不満を漏らしても仕方無い事を独り言で呟き乍ら廊下をリビング方面へと歩いていた。既に陽子が入った後、残るは両親達のみ。風呂場が空いたのを告げる役は入る順番から大体香澄である。決まって陽子は最初か最後に入るが、後者の場合は十中八九何かあった時で――>
「?」
閑話休題、リビングまで後1歩の所で父・章太郎と母・真紀子が異様な雰囲気で話し合っているのが聞こえて来た。
<「だからってなぁ……」
章太郎が溜息混じりで話す辺り、何か章太郎自身に解せない内容に指し当たった様だ。
「違うでしょ、お父さん」
真紀子はそれに、前々から何度も言っている様な口調。大体検討の着く揉め事であった。
「今はもう外見や地位なんて関係無いんですよ」
「こっちが認めても世間体は猛反対するに決まっとる」
「そうやって世間の目を気にするから……」
「自分は何時も子供達の事を思って言っている。それの何が悪いんだ」
「子供達はもっと違う道を歩みたいんですよ。態度からでも――」
「だったらもっと親の言う事を受け止めて欲しい物だな。……何も野口を態々選ぶ必要が無いだろ」
「お父さん、何度も同じ事を言わせないで――」
「そうだ、児島の息子さんはどうした。最近見かけ無いが」
……………>
「………」
時折口調が厳しい物になる真紀子の声も独断に話しを進める章太郎には只の辺りの喧騒にしかならない、一方的な話し合い。壁に寄り掛かって腕組みをし乍ら香澄は只々その遣り取りを聞いた。城之内家の主にして保守主義者、城之内章太郎。魔法という概念を創り上げた先祖・悠太郎の直系子孫であり白河村の村議員。先祖から築き上げて来た彼の高位はこの村の者なら誰もが知っている。そんな名声・地位を確保出来るのも近所や村民の協力があってこそ、だからこその世間体重視・城之内の名を尊重した彼の信念。聞こえは良いかも知れないが、香澄や陽子はその他人の視線の為に優秀でなければならず、幼少時代には勉強漬けの日々を送られる破目に。
「………」
その態度自体が姉妹に嫌われる最大の点である事に章太郎は気付くだろうか。期待の言葉を置き去りにして香澄は緩と階段の方へと踵を返した。
<月光の明るさを受けられ無い暗い廊下は不気味さに加え、光の在る時とは別の幻想さが感じられる。ノンビリとした足取りで自分の部屋まで後部屋2つ分の所まで来た所でふと香澄の足が止まった。
「?」
自室の2つ手前、詰まり陽子の隣の部屋は元々来客者用の寝室として使われて来た。
(ん?)
そう、使われて『来た』、昔はそうであり、今は別の用途で使われている。最近までは納戸代わりであったこの部屋には――>
(この匂いは……)
その部屋からは独特の刺激臭が漏れていた。一般的には危険物、その一方では非常に重宝される物。
コンコン
「はい?」
香澄のノックに疑問形の返事が返ってきた。納戸代わりの部屋に人、今では香澄達には自然の状態である。
「入るわよ」
「あ、香澄さんですか、ど――」
ガチャ
部屋の中に居る青年の返事を待たずに香澄は入室していた。中は想像通りの刺激臭の強さ。発生源は紛れも無く青年の右手にあるビンに入った透明の液体。
「換気しないと駄目でしょ。匂いが篭っちゃってるし、もうこの篭り具合はアウト」
香澄は刺激臭に耐え乍らも青年に注意をしてから部屋の窓を開けた。風呂上りには丁度良い風が密室に静かに吹き込んだ。
<「すいません。つい没頭しちゃって……」
野口は瓶を直近くの机の上に置くと代わりに木の枝を摘み上げ、底の部分を右手の刷毛の様な物で塗った。その木の枝を刺す先には既に様々な装飾がされており実在しそうな世界が広がっていた。箱庭、所謂ジオラマであった。幅80センチ、奥行き55センチの廃材置き場から拾ってきた木板の上に白河村をベースにしたジオラマが製作されていた。過剰魔力の防止の為でもあり野口の趣味でもある。錬金術を使用する事で自然に木の枝の変形等が可能で細部まで自然の物を使っている。ただ接合のみは錬金術では衝撃が強く細い枝は折れてしまう為、市販の接着剤を使っている。同じ様にジオラマ製作やプラモデル製作、ペディキュアをした事がある方なら分かるだろうが、接着剤やマニキュアには粘度を下げる為にシンナーが使われている。ついつい換気を忘れて没頭しているとその部屋がシンナー臭に満たされているが、使用している本人は全く気付か無いのだ。
「本当器用よねぇ」
ピンセットで慎重に接合点へと運ぶ姿に香澄は思わず感心する様に言った。
「そうですか? でももう少しこの手に慣れないともっと細かい所が出来ませんよ。この辺ももう少し調整したいんですけど」
そう言い自虐的に笑う野口の手には手袋がされていた。>
「………」
<魔道士である以上のリスクを背負った身に残る古傷。あの時の覚醒による戦闘で左肩を完全にやってしまった。診療所へ運ばれてから野口が決めた判断は義腕をつける事であった。最早自分の片腕すら失い3肢不満足となった身体、それでも野口はその事を隠す為季節関係無く長ズボンを穿き、左手は手袋をするようになったが、何とも無い右腕をそのままにしておくと疑問に思われる為両手に手袋をしている。錬金術士という事もあって少し身体に馴染んでからはそちらに魔力を使う事である程度の不自由さは解消できたものの、それでも今まで通りには戻っていない様だ。望まれない環境で望まない待遇を受けたまま暮らす事がどれだけ苦痛であろうか。>
……その瞬間、香澄の中で何かが弾けた。
<ガバッ
突然香澄は野口の両肩の所で両手で野口を抱き締めた。その刹那野口の身体は動かなく(動けなく)なり、手に持っていたピンセットが小さな音を立ててフローリングの床へ落ちた。
「あ、あのぉ……」
接着剤を取ろうとした矢先でその動作を止められた野口は困惑し乍ら香澄の方へ振り向いた。
「ねぇ…」
「は、はい」
大きくトーンダウンした香澄に思わず野口の声も――
「何であんたは卓磨なのよ…」
「え!?」
アバウト過ぎた為威力の強過ぎる質問に思わず声を上げてしまった。シェークスピアの有名な作品にそれに似た台詞があるのは常識、しかしこの世界では非常に古い物となり、知らない人の方が多い程にまでなっている。その台詞がもし自分に言われているのであれば……
「かわいそうよ……」
ギュッと更に強く香澄に抱き締められる野口。余談だが香澄の野口に対する呼称は『野口君』、今回『卓磨』と呼んだのは陽子が野口をそう呼んでいるのを聞いてから思わずそう言ってしまった様だ。
「………」
全ての音が消え去った様な静寂に包まれた。ふと野口は香澄が顔を押し付けている肩の所が僅かに濡れているのを感じ取れた。耳を澄ませば香澄の声を殺して涙を堪える、声にならない声が聞こえてきた。
「………」
香澄の性格を城之内家の次に知っている、と自負する野口には今の彼女の心境が分からなくも無かった。ナルシスト的な面もある一方で相手想い、特に陽子と野口への物は強かった。未だ根強い穢多嫌い・部落差別、城之内章太郎もその1人である。だからこそ香澄・陽子姉妹から嫌われている。そんな彼からつい先聞いた差別発言。姉妹以上にそんな言葉をぶつけられ、発言相当の扱いを受けて来た野口は、それでも笑って、恰も普通に暮らしている様に振舞っている。どんなに努力をしても彼は白河村では何も報われない現状に香澄の我意の限界が超えてしまった。>
<「……自分はですね」
野口は緩と左手を香澄の両手が重なる所へ運び、こう続けた。
「こんな地位がそこまで嫌ってはいないんです。確かに酷い仕打ちをずっとされて来て、何でこんな家系に産まれてしまったのかって思った事もありました。…でも、この立場で無ければ香澄さんにも陽子にも逢え無かったんです。この幸せは今迄の仕打ちのお返しだって思ってます。それに香澄さんや陽子が居てくれれば自分はもっと強くなれる、そう信じてます」
緩と香澄の右手から自分の右手を離し、香澄の頭へと運び髪をそっと撫でた。安心させる丈、と考えていたが、今の香澄には逆効果で、香澄に更に強く抱き締められると大粒の涙が溢れ始めた。それでも声を殺し、何度も何度も嗚咽を漏らす丈で泣くのは香澄のプライドなのだろうか。暦の関係上月は既に沈んだ後、それは寂しげな夜に起こった、悲しきドラマの様なワンシーンだった。>
−10− 小さな試練と大きな変動
<BGM1=東風−afternoon− CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk3 トラック番号2>
<BGM2=おかしなふたり ARIA The NATURAL ORIGINAL SOUNDTRACK トラック番号10>
<BGM3=変わらない日常 D.C.〜ダカーポ〜 コンプリートオリジナルサウンドトラック Disk2 トラック番号3>
<BGM4=涼風颯爽Elegant 青空の見える丘オリジナルサウンドトラック Disk1 トラック番号9>
<BGM5=新学期3 あずまんが大王オリジナルサウンドトラック Disk1 トラック番号19>
<BGM6=野乃のテーマ〜有無を言わさず〜 ひとひらオリジナルドラマ&BGMアルバム1麦編 トラック番号9>
<BGM7=面影にひたる夕暮れ School Daysオリジナルサウンドトラック トラック番号8>
<BGM8=町、時の流れ、人 CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk1 トラック番号4>
<既に生徒数も疎らな、未だその存在を強く示す太陽の西日が眩しく感じられる様になってきた放課後、とある教室にチョークが黒板に削られる音が響いていた。3年1組の教室では野口卓磨臨時教諭による微分法の特別補修が行われていた。言い方を変えれば、恒例となった勉強会が教室で開かれている。中間考査が目前に迫ったこの日、本日で範囲の終わった数学VCメインの勉強会となった。
「で、ここでlog eって値が出てくる訳だが、これってのはlog e eて事だから……」
黒板には淡々と途中式が書かれ、その間々には考える上で重要な解説が書かれていた。そして10行近くに及んだ改行の後答えが導き出されると、その答えの下に二重線が引かれた。
「っと、こうなる訳だが、分かったか?」
「……先生、log eって何? 美味しいの?」
「旨いっちゃ旨いんじゃないか?」
「凄ぉく後味悪いんですけど。苦虫を噛んだ感じ?」
「そりゃ後味じゃなくても不味いだろ、てかお前苦虫噛み潰した事あるのか、と小一時間問い詰めたい」
「うわ、時間の無駄遣い。それだったら物理の勉強に費やす方が正解だろ」
「……つまり、分からない、と」
一興があっての誠司の白旗宣言。周りの様子を見ても、歩に至ってはシャーペンがすっかり止まってしまっていた。
「……しゃーねぇか、じゃ基礎問題中心にやってくか…」
章末問題での躓き、大体予想通りの反応に特に何も触れず黒板の方に振り返ると、野口は教卓に広げていた自分のノートを目に移し、『次の関数を微分せよ』と問いの元――>
「……え?」
「さぁ、解いてみよー」
黒板に書かれた問題は全3問。しかし、
「……えーっとぉ?」
流石の児島も困惑を隠せ無かった。確かに黒板に新たに書かれた関数は今迄の式よりはシンプルになったのだが、
「卓磨さん、容赦無いですね」
「そうか? This is a pen. が、…… this is a pen which my father who teaches mathematics at that school where he spent during his youth gave me. に変わっただけだぞ?」
「それ、凄く変わってるんだけど…」
「どっちの文も this = pen の第2文型の文だぞ?」
アシスタント役の優良組・綾と陽子も思わず野口に突っ込みを入れてしまった。無理も無い、黒板にはこう書かれていたのだから。
<問:次の関数を微分せよ。
(1)y = log √(1-x / 1+x)
(2)x2 + y2 = 16
(3)y = ex + e-x / ex - e-x
「まぁ取り敢えず解いてみろ」
野口がそう言うと誠司達は渋々と乍らも問題を解き始めた。余談であるが、先程野口が口走っていた英文は、『これはペンです。』と『これは青春時代を過ごした学校(母校)で数学を教えている父親から貰ったペンです。』が日本語訳となる。
………>
……
…
<「……で後は通分すりゃ…」
教わる側が解き始めて数分後、教える側の綾・陽子も3題に興味を示し黒板の3題解き始めた。綾はスラスラと解いていたが、陽子は(1)で突っ掛かってしまい、仕方無く野口という助け舟を呼んだ。
「最後にこのマイナスを分母に掛けて、 1 / x2-1 って訳だ」
「あ、成程ね」
「途中でlogが出てくるが単なる猫騙しだ。今回の微分は後の計算処理が厄介なだけだからな」
「………」
さも当然の様に、陽子なら分かる位だろうの解説をした所で、ふと陽子が静かになった。
「? どした?」>
<「何か、急に不安になって来ちゃったなって」
容易に解けると思っていたが、それは単なる過信だった様に思え、陽子は珍しく悄然していた。そんな様子に野口は『はぁ』と溜息を吐いた。
「後は慣れだけだって。公式さえ分かってりゃ残るは経験だけ。陽子だったら大丈夫だって、そんな悲観すんなって」
「………」
「な?」
そう言うと野口はポンと陽子の頭に手を置いた。もう毎度のこの行為であるが、野口の経験上――>
「ん?」
ふと歩達に視線を戻すと、木村の手が止まっているのが見えた。
<「どした? お手上げか?」
名残惜しそうに陽子の元から離れると野口は早歩きで木村の元へと向かった。あの陽子ですら悩む問題なのだから木村が悩むのも無理は無い。
「あ、いえ、そう言う訳じゃ……」
しかし一方の木村は何だか歯切れの悪い返答だった。
「? じゃ、どうしたんだ?」
木村をざっと見る限り特に身体に異変が感じられず、体調が崩れた訳では無いらしく、不思議そうに野口は木村のノートへ目を移し――>
「………」
「……終わりました」
「………」
「え?」
真っ先に驚きの声を上げたのは歩であった。解き始めて僅か3分余り、1問平均1分足らずで解いた事になる。
<「木村さ、前の学校での学年末、何位だった?」
野口は思わず小声でヒソヒソと木村と話し始めた。そう言えばすっかり聞いてい無かった事柄がまだあったな、と今更に野口は思った。
「え? …いえ、そういう順位は発表されないんで……」
「そうか。じゃ、アベレージは?」
「………92…」
「……全教科で、だろ? 国数英だけだと?」
「……5教科あるんですけど」
「構わん」
「………97」
「……マヂ?」
「…(コクン)」
無言の肯定に野口の思考が一瞬止まった。木村が桜花学園に来てから色々と分かった事があり、何か昔の綾を思い出させた。引っ込み思案な彼女も環境も変わり、心情も大きく変化した様だ。そしてもう1つ確信できた事、可也勉強出来る。綾・陽子だけでなく、野口にも新たな刺客が現れた瞬間であった。>
<「あ゛ー、づかれたぁー」
「コラ、山崎、16ビット使わないと表現出来ない言葉を発するな」
漸く野口から開放され、校門を出ると山崎は大きく伸びをした。結局開放されたのは通常放課時刻から1時間以上が経ってからだった。辺りはすっかり宵の刻になろうとしている頃だった。
「本当にみっちりでしたね」
「教えるのは好きだけど、そこまで教えるの、上手く無いからな。一般的な考え方を叩き込ませる位だな」
「……にしても結構スパルタだったわね。もう少し優しい言葉の1つや2つあっても、ねぇ?」
「あ、アハハ……」
陽子が綾に同意を求める様に言うと困った様に笑ったが、肯定の様であった。『全体を微分してから中を微分。その後は出来るだけ因数分解』をしつこく何度も言っており、時折黒板に書かれたその言葉をドンと拳で叩いたりしていた。野口の言う『一般的思考の叩き込み』なのだろう。
「誰に似たんだろうなぁ?」
野口はニィと笑みを浮かべ乍ら陽子に言うと、
「ん〜、……お姉ちゃん?」
「否定はしない」
陽子の思い当たる、先の野口に似た教え方をする人で真っ先に出てきたのは姉の香澄だった。去年はマンツーマンで試験勉強を教えてくれたが、両手の鞭で教え込まれた記憶が未だ残っている。
「それにしても、良く解けたね」
その一方で山崎は木村に感心していた。15分経過しても誠司・鏡・歩を含む4人しかあの3問を解く事が出来無かったのだ。
「授業、ちゃんと聞いてたから、かな」
「え〜? それじゃ丸で俺が授業聞いて無いみたいじゃん」
「まぁ確かに寝ている所をよく見かけるがな」
「……た、偶々だよ」
誠司の横槍ジャブに山崎に大きく動揺が見られた。数学の授業の開始5分位の記憶しか無く、誠司の隣の山崎はどうしてもその事実を受け止めなければならなかった。何も変わらない、何時もの帰り道。>
「?」
それが突然大きな転機になろうとは誰も思っていなかった。歩がふと足を止め、それに釣られて野口達も立ち止まった。
「どした?」
「…あれ、誰だろうって思って」
歩が見ている方向には作業服を着ている男性が3人程土地の測量をしていた。地元の建設業者等なら直に片付いてしまう些細な場面であったが――
「見かけねぇ会社だな」
「…そう、ですね」
白河村には2つの土木建築会社があるのだが、どちらも歩達が見掛ける作業服の色調では無かった。更に最近新しい会社がオープンした、との噂も耳にしていない。白河は本間と合併したとは言え狭い世間である、新しい会社が出来上がれば直にその話が伝わるのだ。
「本間村の御2人さんは?」
続いての可能性を山崎・木村に振った。本間村の業者なら白河の者が知らなくて当然だ。だが2人は揃って首を横に振った。
「うむ…」
どちらの村にも無い企業、という結論が一番近いのだが、それには合点しがたかった。何より古く隔離されてきたが、本土のマスコミ共が『新大陸』と騒ぐこの土地である。その結論はつまり、外部と交流出来る場所がある事を必然と示している。
「んーー…」
野口は目を凝らして作業服を見た。漸くピントが合うとオレンジの糸で縫られている会社の名前が――
<「新美濃市役所?」
新美濃市、白河村のある岐阜県の中部にある人口35万人の新平成の大合併で発足した都市で、最も白河村に近い都市でもある。
「………」
完全の陸の孤島、本土では存在すらしないと言われてきた白河村。その情報がどこかの穴から漏れた様だ。どこまで情報が漏れたか分からない、しかし白河村の存在が明るみになったのは事実である様に思えた。態々市役所の方々が来るとなれば大きな動きになるに違い無い。辿り着く予想が吸収合併。
「………」
一同は大きな不安に刈られた。愛郷の地の消滅、そんな悪夢のプロローグを目撃した夕暮れの空には青白い星が1つ2つと瞬き始めた。>
−11− 現代版ロミオとジュリエット?
<BGM1=キボウノカゼ sola Original Sound Track ソウキュウノハテ トラック番号4>
<BGM2=田舎小径 CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk1 トラック番号12>
<BGM3=東風−afternoon− CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk3 トラック番号2>
<BGM4=遠雷 この青空に約束を― オリジナルサウンドトラック Disk2−約束− トラック番号8>
<BGM5=Dream Night D.C.〜ダカーポ〜 コンプリートオリジナルサウンドトラック Disk2 トラック番号5>
<BGM6=春を待つ少女のように この青空に約束を― オリジナルサウンドトラック Disk1−青空− トラック番号15>
「え〜、皆さん、中間はどうでしたか? 因みに自分は数学は親友のお蔭でバッチリでしたが、古典は危ないです。赤点の危機です」
…クスクス
<6月最初の朝会で山崎は何の躊躇も無く自身の中間考査の出来前と今の危うい状態を明かすと、一部の生徒へ笑いを誘った。『破天荒』『額縁壊し』、その言葉が肩書きだと言わん許りの山崎生徒会長の仕事は高く評価され教師の間では勿論の事、早くも1年生からも多大な支持を得ていた。直前に迫った体育祭でも今までに無いイベントを企画している事もこの場で明かした。今までの生徒会長が校則尊守の堅い人間であった為、山崎の方法は正に『額縁外し』、生徒会長で赤点を取るという前代未聞の事態まで遂げようとしていた。
「よくもまぁこんな場所で自虐ネタを使おうと考えたものだ」
誠司は感心する様に壇上の山崎を見ていると、早くも壇上で一礼、壇から降りようとしていた。1分あるか疑わしい短時間で終始ハイテンションの話は必然と生徒の間で好評となっている。彼が生徒会長等になる事に目覚めたのには過去の一件があるのだが、それはまた別の機会で。>
何の滞りも無く日程は進み、昼休みとなった。学校で一番長い休み時間である中、一人の男は忙しそうにしていた。
<「よっ」
野口が教卓上に段ボールの箱を置くと、重量感がハッキリ伝わる『ドン』という音がした。
「後2周」
しかもその段ボール箱運搬はこの1度のみでは無い様だった。野口は独り言の様にそう言うと颯爽と教室を後にした。
「………」
陽子はそんな光景を目にし乍ら箸に挟んだトマトを口へと運んだ。事の発端は4時間目が終わり昼休みに突入した直後、つい先である。何時もの様に野口は陽子と共に昼食を摂ろうとした矢先、校内放送で野口が呼ばれた。『至急』と言っていた事もあって野口は直ぐ様職員室へと向かって行った。『何か為出かしたのか?』と誠司は冗談混じりに冷やかしたが、野口の返答は振り返らず肩を竦めるだけであった。
「………」
それから陽子は歩達の所へと出向き近くを机をくっ付けそこで昼食を食べ始めた。その弁当は1人で食べるのには明らかに多い量であった。
「…あれ?」
ノンビリとした昼食の途中、ふと歩は教卓上に置かれた段ボールの箱に振り向いた。その箱に確かな見覚えがあったのだ。
「どうしたの?」
鏡は口にあった白米を完全に飲み込んでから歩に問いかけた。
「あれって、体育のノートじゃない?」
「え?」
坂上はその返答に卵焼きを片手に思わず例の箱に目を移した。そして一同は昼食もそこそこに教卓へ向かうとその箱を開けた。
「あ、本当です…」
その中からは確かに体育の授業で使う、濃い肌色の紙の体育ノートが姿を現した。
「にしても良く分かったね」
「ん〜、何だか前に見た提出する所がこんなのだったから」
普通なら全然気にしない所まで観察している歩に感心の声を坂上が掛ける間も、女子一同は箱の中身が体育のノートだと分かると、自分達のノートを探し始めた。何時、どのような事をして、その授業の個人の感想等を書く、読者様の世界なら普通の教材も今や本土では古い物となっている。他の地方の学校でも使われない、非常に珍しい物だった。>
(あれ?)
漸く自分のを見つけ出し、一番最後に再び昼食の席へと戻っていった陽子はその途中である事を思い出した。
(確かこれを取りに行くのって、私じゃなかったっけ?)
朝のSHRで藤井が『体育のノートは学級委員が昼休みになったら職員室まで取りに行くように、と西井先生から伝言だ』と連絡を受けていた。3年1組の学級委員である陽子はこの連絡事項はしっかり覚えていたのだが……
「………?」
タンタンタン……
陽子が不思議に思っているその横、壁を挟んで丁度線対称の廊下を野口は2つ目の箱を両手に抱えて小走りで走って行き、
「失礼しまぁす」
その声と共に野口は2組の教室の中へと消えて行った。
<「失礼しました」
日が暮れ始めた夕刻、陽子は職員室から退室した。今日は陽子と誠司が日直であり、陽子が担任の藤井へ日誌を渡しに来た所である。『滝野にもっと字を綺麗に書け、と言っておいてな』と去り際の藤井からの一言に陽子はハハっと笑って答えた。
(あの走り書き、自分のノートを書く時位なら別に構わないんだけどねぇ)
本日の任務を終え、陽子は安堵の溜息を1つ吐いた。後は家へ帰るだけ。教室には野口が待って――>
「山崎は少し生徒会長としての意識が薄い様に思うんですが…」
「いやいや、あれ位の革命児も必要ですって」
ふと壁越しに今川と大澤の話し声が聞こえて来た。何時もの他愛の無い雑談の様だ。一度は警戒をした陽子も一安心すると仕切り直して階段へ――
<「所で大澤先生、聞きましたよ」
「はい? 何をですか?」
「西井先生の伝言、全て野口に押し付けたそうじゃないですか」
「…あぁ、そんな事もしましたなぁ」
今川が軽く忠告をする様に訊くも大澤は全く懲りていない様にフランクに応えた。
「困りますよ。真面目に任務を全うしに来た3組の学級委員が『何処にも無い』って困ってましたよ。ちゃんと伝言通りに従って貰わないと」
「いえ、ついついね。でも野口に押し付けるのが手っ取り早かったんですよ」
忠告を受け入れる所か、大澤は何やら弁解を始めた。言い訳にしか過ぎない言葉なのに、
「と、言いますと?」
今川は拒否する心算も無さそうに、逆に興味津々に続きを促した。
「1組の学級委員は城之内なんですよ。こんな雑用させられますかって」
「ふむ、確かにそうですね。でも学級委員は今年から男女1人ずつ、計2人になったじゃないですか。男子の方を呼べば良かったんじゃないですか?」
「それなんですけどね、実は今日1組の男子学級委員の森田、休みなんですよ、風邪で」
「おや、それは困りましたねぇ」
「ええ。ですから2組3組は別に構わないにしても1組は問題になりましてね」
「……全く、そんなんじゃ部下が付いて来ませんよ?」
今川が少し笑う様に応える辺り、大澤の言い訳を受け入れた様だ。『城之内』の言葉を耳にした途端、今川の口調が明らかな変貌を見せた。
「そう言う教頭はどうなんですか? 校舎裏の雑草取り、誰に擦り付けたんですか?」
更に大澤は先程の疑いに仕返しをする様に軽々しく訊き返した。
「………」
その問いに静まる今川だが、直接顔を見なくても不敵な笑みを浮かべているのが想像出来る。
「うちのバスケ部から出したって言うのに」
「……私も人の事言えませんなぁ」
「ま、それでも私は教頭に付いて行きますけどね」
締めくくりは矢張り意気投合、互いの意思を再確認しただけで、2人の間に更に堅い絆の様な物が新たに結ばれた。
……………>
「………」
『何時も』の『他愛の無い』雑談の様だった。陽子は仕切り直して階段へと歩き始めた。その刹那肌に感じた冷たさは夕方による気温低下だけには寒過ぎた。
<「お疲れー…」
すっかり日の暮れた宵の刻、ごみ収集所に積み上げられた何十ものビニール袋、そこに押し入れる様に最後の1袋が入れられ、野口は誰も居ないにも拘らず労いの言葉を疲れ切った様な口調で呟いた。今川に押し付けられた掃除場所は誰も来そうに無い、2年前にちょっとした思い出のある校舎裏。何年前から放置されてたか分からない程、草は伸びていた。少なくとも2年前はここまで酷くは無かった。太く根付いた雑草を抜き取る作業は義腕の彼には困難を極めたが、何とか一人だけで3時間近くを費やし依頼を完了させた。
(陽子、怒ってるだろうなぁ…)
放課後、何時もの様に只々教室で待っている筈なのに、伝言も無しに教室を去ってしまった。監視の目も無く、少しの間なら抜けられる時間はあっただろうに、何の言葉も無くこんな時間までこんな場所で雑用をしてしまった。事前に説明していれば良かったのだろうが、今からでは単なる言い訳にしかならない。
「………」
見上げた先の校舎には灯りが1つも灯ってい無かった。途中で奉仕活動をちゃんとしているかの確認もしないまま帰宅していった今川の姿も見ている。校舎だけでなく、この敷地内にはもう自分しか居ないのは明らかだった。
(……鞄、取りに行くか。開いて無いだろうけど、何処か開いてるだろ)
今川の命令でさっさと去った教室には自分の鞄が残っている。提出期限が明日の宿題も中に入っている。施錠され自分以外は居ない筈、駄目元で昇降口へと向かった。運動量は皆無の野口に今回の2件の押し付けは甚だしい重労働であった。正面に真っ直ぐ歩けず、大きく蛇行し乍ら、月光も当たらない昇降口へ――>
「遅かったじゃない」
「……え?」
<その場所には月では無く、まだ日が待っていた。
「もう先に帰っちゃったかなって思ってたけど、そういうとこ、結構几帳面よね」
壁に凭れ掛かる様に立っていた陽子は右足で壁を蹴ると小さくジャンプし、野口の前へと出て来た。
「ほら、早く帰ろ。トイレ行きたくなっちゃったし、お姉ちゃんだって心配してると思うし」
そう言うと陽子は小走りで野口の元へと現れた。その手にはしっかりと彼の鞄が握られていた。
「……あ」
極度の疲労の余り頭脳の処理がすっかり低速になっている野口は漸く今の状況を理解し得た。真逆こんな時間まで陽子が待っているとは思ってもいなかった。
「………」
返答をする余裕も無さそうなのを感じ取れ、陽子はそっと野口に近付いた。2人の距離が物理的にグンと狭まると、陽子は野口と視線を合わせ、
「…お疲れ様」
責めでは無い、優しい労りの言葉。ただこれだけでは終わらず、陽子は何か言い辛そうな様子を見せると、先よりも更に小声で、
「それと、……御免ね」
「……は?」
「いいの。取り敢えず謝らせて」
野口から見れば何もそうさせる様な事はしておらず不可解。しかし陽子からすればそうしなければ気が済まなかった。
「ほら、早く」
クルリと身体を翻した陽子は左肩をトントンと叩いた。野口は直にその意味が分かったと同時に自分の事をちゃんと理解してくれている、と感心した。
「いや、いい――」
「あんな千鳥足で歩かせる方が余程困るんだけど?」
ただ直ぐには好意に甘える気にはなれず、野口は静かに断ろうとしたが、その言葉を陽子が直ぐ様遮った。
「……そこまで見てたのか」
「そっちが気付いて無いだけだってば。…ほら」
全て見抜かれていたのは、目の前に居るのが陽子である事に直ぐ気が付かない程疲弊していなければ既に気付いていた事だろう。陽子が再び肩を叩くと、今度は素直に野口は右腕を陽子の首に回し、負傷者を背負われる様な格好で陽子に身体を預けた。帰路に着く前で辿り着いた、身体が強く欲していた憩い。2年前は何時もの様にしていた事。てんで体力の無い野口に義足での歩行は非常に困難だったあの頃、何度も何度もこの格好で陽子に助けられて来た。久々となるこの格好、誰も居ないとは言え流石の野口も気恥ずかしかった。ただそれは野口だけでは無かった様で、それを裏付ける様に陽子の身体は仄かに温かく、頬も少し朱かった。そんな気分を誤魔化す様に、野口を安定させた陽子は緩と歩き始めるとそっと話し掛けてきた。
「……軽いわね。また痩せたんじゃないの?」
「……40はまだある」
「嘘? それって私より軽いって事?」
「いや、俺に聞かれても陽子の体重なんて知らないし…」
白河一の名家育ちにして『高嶺の花』の言葉が似合う少女、城之内陽子。一方は白河一の差別対象の家系の名を継ぎ、今もそんな差別を受け続ける、自称不幸の星、野口卓磨。
「…そういやさ」
「ん?」
「本当に大丈夫か?」
「……何よ、今更」
「いや、そうじゃ無くて、……トイレ、行きたいんじゃなかったのか?」
「う、五月蝿い!」
「そんな怒る事……」
「つい本音を言っちゃっただけよ」
「…つい、ねぇ…」
そんな上と下の者同士が恋に落ちた。某シェークスピアの作品を思い出されるが、酷似している事は否定しない。『ロミオとジュリエット』という言葉はもう死語になっているこの世界で、そんな熱い2人を見守る宵はまだ夏の訪れを感じ取れないものだった。例の作品の様な、悲劇にはならない事を静かに祈りつつ、今回は幕を閉じる。>
−12− on a rainy day
<BGM1=風のアルペジオ この青空に約束を― オリジナルサウンドトラック Disk1−青空− トラック番号2>
<BGM2=橋のある風景〜雨〜 ひとひらオリジナルドラマ&BGMアルバム1麦編 トラック番号16>
<BGM3=ハズムキモチ sola Original Sound Track ソウキュウノハテ トラック番号13>
<BGM4=Turning point School Days ORIGINAL SOUNDTRACK トラック番号16>
<BGM5=根性なしの意気地なし School Days ORIGINAL SOUNDTRACK トラック番号6>
<BGM6=陽だまりの中で Peaceful 青空の見える丘オリジナルサウンドトラック Disk2 トラック番号3>
<BGM7=日々の遑 CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk1 トラック番号14>
<BGM8=東風-afternoon- CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk3 トラック番号2>
<BGM9=おかしなふたり ARIA The NATURAL ORIGINAL SOUNDTRACK due トラック番号10>
<BGM10=心の吐息 D.C.S.S.オリジナルサウンドトラック vol.1 トラック番号29>
<「うひゃ〜」
水無月の、昨晩は晴れだと予報された日曜日、歩はとある場所へと走っていた。夢の中では無い、踏む実感も周りの喧騒も現実世界の物だ。周辺視野が狭まる程歩がこうも一心不乱に急ぐには理由があった。1つは約束の時間に遅刻ギリギリであった為、もう1つは突然の雨だった。遡る事2日前、教室から何時もの偏差路までの短い帰り道は最近児島と2人きりで帰る様になっていた。その日の別れ際に児島に誘われたのだ。入梅したこの時期、晴れる日など皆無であり、この週もずっと曇りか雨だった。5月は水不足、6月は日照不足と、農業には大打撃を与えそうな天候。昼前には家を出た歩は一度空模様を確認した。灰色の雲が一帯を覆っていたが、天気予報を信じ、傘を持たずに歩を進めた。バス停に到着したのもつい先の事である。歩は次のバスが2時間半後であるのを確認すると溜息を吐いてから中心部へと徒歩へ向かった。起伏の多い道を歩き、漸く遠目に商店街の入り口が見え始めた矢先、ポツリと冷たい物が降って来たのを頭に感じた。『何だろう』と空を見上げた、その時、ザーッと雨が降り始めた。その時からずっと鞄を傘代わりに走ってきた。途中で雨宿りする場所は幾つかあったが、デートの時間に遅れるのを嫌い、濡れるのを覚悟で其の儘走り続けた。財布や買った物を入れる為に持ってきた手提げ鞄は水分を含み重くなり濃い色に変色しているにも拘らず、歩の肩は雨ですっかり濡れてしまっていて、傘の代わりを果たしてい無かった。
「! あった!」
雨が降っている時は走っている方が水滴と当たる面積が増え、歩いている時より濡れてしまう、という知識の無い歩は長く走っていた事もあって結構濡れてしまった。それでも漸く集合場所の店の前に到着した。そしてタイミングを計った様に歩と反対側からもう1人、その店の庇の下に入ってきた。>
「うわぁ〜ビショビショだよ〜」
<鞄の中から取り出したハンカチで服を拭こうとしたが、そのハンカチも少し濡れていて、期待していた程水分を吸ってくれ無かった。弱くも長く歩の肩を濡らし続けた雨は先よりも強くなった気がした。折角の晴れ間を縫って洗濯した服も台無しである。
トン
「あ、すいません」
「あ、いえ」
隣で雨宿りをしているらしき男性も同様に濡れた所を乾かそうとし、ズボンのポケットからハンカチを取り出そうとした所で歩の腕に当たってしまった。男性は直に謝ると、ハンカチを取り出し歩と同様に肩を拭き始めた。
(んも〜、傘持ってくるんだったなぁ)
それは玄関を出て直に思い付いた直感であったが、矢張り雲行きを疑う冪だったと歩は今更に後悔した。暫く止みそうに無い雨は庇の両端から、蛇口をほんの少し開けた様なポタリポタリと水滴を――>
(あれ?)
ふと歩は先の『すいません』の声に聞き覚えがある気がした。ソロリと右手側に居る男性を見てみた。その男性も『いえ』の声に聞き覚えがあった様に歩の方を見ていた。視線が合った、その時、
<「「あ!」」
2人の声は見事に揃った。歩の目の前に居たのは児島だった。2人は驚いた儘暫く見合い続けた。歩の鼓動が早くなりつつあるのを実感していると、
「同じタイミングで到着するなんて偶然だね」
「そ、そうだね」
歩の身体は自然と今までにした事の無い位緊張していた。決められたイベントとはいえ、家を出る前に綾に『デートですか』と言われてから漸くデートなのだと実感した。恋愛沙汰には無縁の歩、何を話したら良いのだろう、店を回る順序は、等とこの時になってグルグルと頭を巡っていた。
「……取り敢えず雨が止むの、待とうか」
児島は歩程では無いにしろ少し緊張した様に提案すると、彼女はコクンと無言で首を縦に振った。2人きりの庇の下は自然と暖かさを感じてきた。>
所変わってとある建物の1室は緊迫した空気が張り詰めていた。互いに話す事無く小さな記号が書かれた立方体の物を手にしては4人が座る台の中心部分へ置いていった。この4人も偶然にわか雨に降られ雨宿りしている所で会い、少々時間を潰す為この場所へ来た。中国が起源の頭脳をフルに使う卓上ゲーム、麻雀はもう彼等の中では当然の様に行われる、気分転換でもあり、先輩後輩も無い下克上の場所でもある。
<「………」
8巡目、野口の手には二筒。一三三筒とあるペンチャンにずっぽし入ってきた。
(三色のみとは、芸が無ぇ…)
一二三の三色聴牌、とはいえ河には低目の牌が全く切られておらず、低目三色が見え見えだった。幸い待ちの八策単騎は自分の河に五策が捨ててあり、引っ掛けにはなっていたが、やや遅めに出してしまっていて、このブラフが通用するかは疑わしい。
(裏ドラに賭けるしかないか…)
残すは綾の山の王牌、裏ドラが乗る以外に役を上げる手段は無さそう、と判断。
カン!
勢い良く手牌から三筒を河に切り出し、牌を横にすると、
「直立」
聴牌、待ちを変えない、という直立宣言は、仮に相手のロン牌をツモって来てもその牌をガメる事が出来ない、というリスクがあるが、一方で1翻アップ、一発・裏ドラが乗ればノミ手も馬鹿にならない得点に、というリターンが――>
「ロン、です」
その和了宣言は野口から、では無く綾からであった。『え?』と驚く野口・香澄・陽子は必然と綾に注目した。そんな中、綾の手牌が倒牌。
「タンヤオ・三暗刻・ドラ3、ハネ満です」
本ドラの八筒をほぼ全てを手の内に持ち、最高の待ちである両面待ちは三六筒、ツモろうがロンしようが6翻以上が確定している13牌であった。
「……え?」
野口は『ハネ満』の声に顔を強張らせた。ただでさえ子でも12000点、親なら18000点にもなる大物は更にローカルルールで更なる威力を増した。
「私は割れ目ですから……、24000点です」
<「ギャース!」
残り20000点チョイだった野口には正に死刑判決。この日、野口は久々の箱割れぶっ飛びという苦杯を喫してしまった。>
外は既に雨は止んでおり、あちらこちらに水溜りが出来ていた。その自然が作り上げたくすんだ色の鏡にはサンサンと輝く太陽を映していた。雀荘を出た途端、香澄は『お母さんに呼ばれてたんだ』と残し、ダッシュで自宅へと戻って行き、3年生3人が取り残されていた。
<「次はリベンジだからな」
「はい、楽しみにしてます」
「く、勝者の余裕って奴か。でも次に見ていろ。その時は――」
「そう言うのって負け犬の遠吠えって言うのよねー」
陽子の的確で容赦の無い一言に野口は目を細めて陽子の方を見た。『捨て台詞位最後まで言わせてくれよ』と不満そうな顔をしていたが、そんな野口に綾は『アハハ』と只々笑うだけであった。
「ね、卓磨、好い加減運ばないと、明日に持ち越しになるわよ?」
陽子は両手に持つ紙袋を野口に今一度見せた。実を言うと城之内姉妹と野口が此処へ来た理由は麻雀では無い。本日、城之内姉妹と野口はこの袋の運搬を頼まれて中心部へと来ていた。彼女達の本題はこれから、なのだ。
「あ、では私はこれで。また明日、学校で」
「うん、じゃね」
軽くスルーされている野口を横目に別れを挨拶を済ませると、綾は自宅の方へ向かい――>
「あ」
――かけた所で身体を翻した。綾の私服の象徴であるロングスカートがフワッと遠心力で少しめくれ上がり、膝の辺りまでが露となった。
<「卓磨さん、再戦は随時受け付けますからね」
忘れていた伝言を伝え満面の笑みを見せると漸く帰路へと着いて行った。
(……あいつ、あんな明るかったっけか?)
綾が去った直後、野口は昔の綾と今の彼女の大きな変化に驚いていた。初めて出逢ったあの時、野口は――>
「あれ? 陽子ちゃんに野口君、どうしたの?」
回想に入ろうとした矢先、ふとその場所に通りかかったのはつい先居た綾の義妹の歩だった。彼女は児島のデートが終わり、脚も軽く家へ戻ろうとしていた所だった。
<「あ、歩ちゃん。実は先まで打っててね」
「あ、嶋雀荘で?」
「でもそれが目的じゃ無いのよ」
陽子はそう言うと溜息を吐いた。
「この荷物を知り合いの所に持っていかないといけないのよ」
「え? その量を2人で?」
歩は思わず驚きの表情を見せた。陽子の両手には8つの紙袋があり、どれも相応の重量がありそうだった。流石の2人でも苦労するのは目に見えていた。
「歩いて行くには重労働だな」
漸く疑問から復帰した野口はその荷物を目にし乍ら話に混ざって来た。
「お姉ちゃんが居たらね」
理由は不明にしても、もう少し香澄にはこの場に残って欲しかった2人には大きな欠員だった。抑々母親との連絡手段の無い現状態でどうやって真紀子に呼ばれる事が出来るのだろうか。ここでやっと香澄のサボタージュ逃走を理解する事となり、野口は思わず香澄が去って行った方に一気に振り返った。
「だったらバス使えば?」
そんな野口を特に気にする事無く歩は一般的に思い付きそうな手段を提案してみた。>
「え?」
「ほら、バス使えば直に移動出来るし、直あそこにバス停もある事だし……」
歩は何でも無い様にバス停のある方を指した。確かに普通なら交通手段を使う事を直に思い付く事だろう。ただ……
「バ、バス……」
「なぁ、歩」
「?! え?」
卒然歩の目の前に野口が現れ手放しで驚いた。陽子を遮る様に立つ野口。歩が一瞬見えた陽子の顔は――
<「実は今新しい魔法を開発してんだ。で、どの位威力があるか実験体を探してるんだが、これも何かの縁だし、歩に頼むわ」
「え? え?」
「な〜に、心配すんな、意識が飛ぶかも知んねぇが命を奪う様な物じゃ無ぇよ」
一方的に、トントン拍子に話を進められ歩は困惑していた。そこに――
ガン
「い゛っ!?」
神の一撃、とでも言えるだろうか、地面に沈めるかの如く無慈悲な陽子のチョップが野口の頭をしっかり捕らえた。エフェクトを加えられるなら衝撃波でも加えられるだろう勢いのある手刀だった。
「こーら、何物騒な事言ってるのよ」
「いや、つい、な」>
物理制裁直後に野口を叱咤する陽子だが、その顔はもう歩が感じていた違和感を与える物では無かった。
「悪ぃな。じゃ、俺達もう行くから」
歩に軽く詫びを入れると片手の2つずつ紙袋を手にした野口は陽子も出発出来る準備が整っているのを確認すると、自宅の方へと歩こうとした。届ける先は近所であるから家に帰る要領でその家へ向かうだけ、面倒さも無い事柄である。
「じゃね、また明日」
「あ、うん…」
元の調子に戻った陽子とは対称的に何か腑に落ちなさそうに歩は応えた。そんな歩に野口はそっと近付くとこう囁いた。
<「頼むよ、陽子にバスはタブーなんだから」
その喋り方には何か必死さも感じられた。歩は思わず『どうして?』と訊きたかったが、その野口は既に陽子と共に荷物を手に歩き出していた。
「……?」
『陽子にバスはタブー』。その言葉の意味があまり理解出来ず歩は暫く佇んだまま考えていた。その真相を知る事となるのはこの後直の事なのだが……。>
−13− 戦友の過去と今
<BGM1=いつか来た道 ARIA The NATURAL ORIGINAL SOUNDTRACK due トラック番号11>
<BGM2=街、時の流れ、人 CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk1 トラック番号4>
<BGM3=キボウノカゼ sola Original Sound Track ソウキュウノハテ トラック番号4>
<BGM4=これが、夢ならば。 青空の見える丘オリジナルサウンドトラック Disk2 トラック番号9>
<BGM5=春を待つ少女のように この青空に約束を― オリジナルサウンドトラック Disk1−青空− トラック番号15>
<BGM6=面影にひたる夕暮れ School Days ORIGINAL SOUNDTRACK トラック番号8>
<BGM7=日々の遑 CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk1 トラック番号14>
<小雨は降ってはまた止んでまた降って、を繰り返していた。そんな暗い空を坂上は自宅では無い建物の窓越しに見ていた。
「はぁ、暇だなぁ〜」
ベッドから起き上がった直後の格好で、至って正常な坂上は鬱そうにぼやいた。>
<昨日、坂上は気分転換に自分の部屋を掃除していた。要らなくなったノートや小物類の処理を終え、後は元の様に戻すだけであったが、その時突然坂上の意識が飛んでしまった。気が付けば此処、安田診療所のベッドの上で横になっていた。高い所から落ちた訳では無かったので幸い無傷であったが、何故気絶したのか、今も原因不明だった。過保護な母親に連れて来られた事もあり昨夕から入院し、今日、母親が仕事帰りに此処へ寄るらしく、そこで正式に退院となる。本人も医師も『大丈夫』と言っていたにも拘らず検査入院させた。母親の過保護は祖母譲りなのかも知れない。>
ガチャ
ふと病室の戸が開けられ、1人の男性が入って来た。その瞬間その病室に居た5人の患者がその方に目を向けた。
<「あ、ノグ」
真っ先に反応したのは坂上。それを見て他の4人の視線は先の場所へと戻って行った。
「すんげー元気そうだな」
野口は少し心配した事に後悔する様に、溜息混じりで言った。それに坂上は何事も無い様に、
「だって只倒れただけだよ? 出血多量で運ばれた訳じゃ無いんだし」
「いや、どっちも問題だろ。それに原因不明なんだろ?」
「う〜ん、何となく分かった様な。やっぱ疲労かな?」
「……推測だろ、それ」
原因不明には変わり無いだろ、と言わん許りに溜息混じりに野口が言うと、坂上は『ニャハハ』と笑った。本当に何とでも無い様だった。電報で坂上が病院の運ばれたと知らせを受けた時は流石の野口も困惑していたが、この様子なら大した事では無さそうだった。野口はその様子に安心したのも束の間、直に改まって坂上に訊き始めた。>
「……なぁ」
「ん?」
「若しかしたら、と思うんだが、過剰魔力なんじゃないのか?」
<「……え?」
今回の坂上の異変に野口にはある覚えがあった。自身去年の霜月頃から体の異変を感じていた。主な症状としては立ち眩み・手足の怠さ・周期的な微熱。その症状も日毎に悪化していき、終に師走、突然の暴走を引き起こした。今の坂上にはその初期症状が見られた。特に立ち眩みの場合、坂上ならそれ以上の症状、気絶になっていたとしてもおかしく無かった。>
「確かに生徒会に入ってからは忙しそうにしてたよな。でも忙しい余り自分の体調に気付かず無理をして、ってのはどうも梢らしく無い」
「む〜? それって仕事をバリバリこなして無いって言ってない?」
坂上が拗ねた様に頬を膨らませたが、それを横目に野口は更に続けた。
「いや、梢ならそうなる前に気付く筈なんじゃないかなって。体調管理の高さはばあちゃん譲りなんだろ?」
<「………」
その言葉に坂上の頬の膨らみは徐々に萎んで行った。嘗て野口が風邪で寝込んだ時、坂上は『駄目だな〜、ノグは。自分の体調位しっかりしないと』と言い終日野口の側に居たが、風邪が移る事は未だ嘗て無かった。その事を最近も自慢げに本間からの友達に話していた。
「それに4ヶ月前にもこんなのあったよな。あの時は本当に過労かと思ったけど、流石に2度は無いだろ。だからもう残る原因は魔法しか無いって訳さ」
「………」
「? どした?」
「…ノグ、凄いね。そんな事まで分かるんだ」
「いや、簡単な推理だろ。時間さえあれば梢だって分かってた筈だろうに」
昔からの幼馴染だからこそ知る互いの性格。特に坂上は隠し事を嫌い自ら隠す様な事はしない。それに納得出来ない事があると満足するまで追求する。野口の言葉はそんな彼女を知っているからこそ明かしたのだった。
「……そう、だよね。簡単な推理だったんだね」
振り返れば直にでも気付けた筈の原因。坂上は意気消沈気味に視線を気持ち下方に移した。
「…なぁ、そこで提案なんだが」
野口は再び改まった様に坂上に言った。野口が坂上の所へ見舞いに来たのには単なる心配だったからの他にもう1つ理由があった。
………>
……
…
<西の空には虹が見えていた。3日振りに拝む事の出来た太陽は何時もより眩しく感じられた。西南西の空にはチンダル現象が起き、光のカーテンが現れていた。
「もう、お母さんったら、心配性なんだから」
「でも真逆の事になってたかも知れないでしょ?」
親と家へ帰る、久しい途中、坂上の母がそう言うも、その真逆が真逆だった。坂上の倒れた所には二次災害を引き起こす様な物は無かった。ただ思いがけぬ事故が起き無かったとも言い切れ無いのだが。
「さぁさぁ、帰ったら晩御飯の支度をしなくっちゃ。手伝ってね」
「はーい」
気付けばもう自宅の前。母親の後を追う様に敷居内へ入ると庭にある老木が目に入って来た。
「………」
坂上家自慢のその老木は白河桜の木。24時間365日染井吉野の様な淡い桃色の花弁を付けていた木はその面影が無い程衰えている。>
坂上はそれに加えて更に思う事があった。つい数時間前に野口から言われたある提案――
<『提案なんだが、白河桜を復活させないか?』
『え?』
『やっぱり白河村には白河桜が必要だと思うんだ。それに…俺達が桜を枯らした理由、覚えてるよな?』
『………』
『少なくとも俺の知り合いの意見は一致してる。もう一度桜が見たい、と』
『……でも、どうやるの?』
『この魔力を使うしか無いだろうな』
2年前には強く否定していた野口からの意外な提案であった。確かに白河桜は誰もが見たいと思っているだろう。そして桜を枯らせた理由は最早無意味と化している。>
(でも、それって一昨日の歩ちゃんの時と同じなんじゃ……)
蘇るのは自分達が桜花学園1学年の時の事。その時の轍をもう一度踏むのではないか、坂上はそう不安に思った。
−14− una disoccupata
<BGM1=おだやかな日常 D.C.S.S.〜ダ・カーポ・セカンド・シーズン〜オリジナルサウンドトラック vol.1 トラック番号23>
<BGM2=メレンゲパイ!!! まほらば〜Heartful days〜オリジナルサウンドトラック トラック番号20>
<BGM3=熱帯魚の夢 この青空に約束を― オリジナルサウンドトラック Disk2−約束− トラック番号3>
<BGM4=冷たい涙 D.C.〜ダカーポ〜 コンプリートオリジナルサウンドトラック Disk2 トラック番号9>
<BGM5=潮鳴り CLANNAD ORIGINAL SOUNDTRACK Disk1 トラック番号2>
<ジリリリリ!
レトロなベルの音が扇風機が回っているまだ蒸し暑い作業場一帯に響き渡った。定刻のベルに作業場の者々は安堵の声を出したり伸びをしたりしていた。
「お疲れぇ」
「おぅ、そっちもお疲れ」
無数の本を机の端に追いやった香澄と竜治は互いに労りの言葉を掛け合った。接客とはまた別の労力を費やした一同はダラダラとロッカー室へと向かって行った。>
<藤田書房、白河村で最も小規模乍らも最も長い歴史のある本屋である。古本を買い取りそれを売るのが基本のこの本屋も時折藤田店長の志向で新刊を入荷する事もある。営業時間は9時から17時、毎日月曜日が定休日だが、臨休が時折入り、月20日以上営業してる月の方が非常に珍しい、正に田舎の店である。従業員は基本身内だが、数人程の正社員・アルバイトを雇い、外装に劣らず意外と金回りの良い店でもある。店長の人柄は良く幅広い世代に顧客を持つ。今年の4月から香澄と竜治はこの店で働いている。初めはこの店の特異性に驚いていたのも今は過去の2人。開店直後は正に開店休業状態。その様子が一変するのは昼前、買い物の序でに主婦や年輩の客が次々と来店してくるが、この地味な忙しさも1時間もしないで収まる。13時前には開店直後の静けさを取り戻す。このタイミングを計って昼休みとなり、昼食に談話にと、普通の光景に見えるが、この昼休みが長い。何せ午後になると閉店近くになるまで客は皆無。つまり午前の営業時間は事実上2時間のみ。これには新入りだった2人も戸惑った。こんなに休んで良い物なのか、と不安に近い物に刈られた。16時頃になると今度は学生が来店、閉店時刻近くまでそれなりの集客数がある。そして日が西に傾く頃に閉店。こんな調子が火曜日から土曜日まで続く、本当にのんびりとした所である。
「おや、城之内さんに滝野さん、今日もお疲れ様」
「あ、店長。お疲れ様です」
この書房の店長・藤田店長は70代と高齢乍らも毎日接客から買い取った本の整理、全ての仕事に至るまでを熟す、本当に元気な小父様である。桜花学園の一部では店長のファンが居て、密かに『髭ダンディ』と呼ばれる程外見は若い。
「明日から連休だから、ゆっくりと体を休めるんだよ」
「はい。また火曜日からバリバリ働きますよ」
「うぉい、俺が言いたかった事まで言うなよ」
「言えば良いじゃない」
「それだと『取り敢えず俺も言っとこ』みたいで嫌なんだよ」
「それ、考え過ぎ」
勤務時刻後の何時もの会話。またこんな日々が火曜日から始まる、と2人は信じて疑わ無かった。>
「………」
「それで今日もまた――。 ? どうしたんですか? 」
ふと店長の顔が曇ったのを察し、香澄は気遣う様に訊いた。
「……実はその事なんだけど」
店長は何時もに無い重い口調で言うと、何時も掛けているエプロンのポケットから茶色の封筒を取り出した。
「一寸早いけど、今月のお給料」
前側に名前の書かれた給料袋を店長はしっかりと2人に渡した。月末の楽しみであるこの袋も今の2人には手放しで喜べ無いでいた。
「え? でも、給料日は来週ですよね?」
香澄はその給料袋を片手に戸惑った様に訊いた。この店での給料日はその月の最終営業日である。カレンダー通りなら今月は来週の木曜日の筈である。
「……とても言い辛い事なんだけどね」
店長の思い掛けない言葉を前に2人の視線はしっかりと店長の方に向けられた。当たり前が当たり前で無くなる日、その時が突然訪れた。
<「おー、雷ですか」
何時もよりも暗い夕刻、遠くから雷鳴が聞こえる程空は黒く、民家からの灯りや街灯は何時もより明るく感じた。この日、野口は夕方から少し出掛けていた。先は誰も通らない様な細い畦道にある墓地。そこにあるのは叶の墓石。野口の習慣である叶の墓参りであったが、例年と違っていたのは、その墓の隣に一匹の黒い猫が寝ている様に死んでいた事。野口は直にそれがプルトだと分かった。予想していたとは言え、愛猫の突然の死をその場に来て初めて知ったのだ。新学期が始まった当たりからふと姿を見せなくなったプルト、年齢的には寿命には少し早い歳であった。外傷が見当たらず、老死が妥当の様に思える程、最後に見た時と同じ姿で横になっていた。野口は一度叶の墓石から離れると、もう1輪の花を持って再び墓地へと姿を現した。そして叶の隣に盛り土型の墓を作り、叶とプルトの両方に合掌した。プルトは元々叶の猫であったが、野口が野田家へ来てからは2人で仲良く飼って来た。叶の死後は野口1人で育てて来た、叶を忘れない為の唯一の綱だった。
「………」
そして今更乍らに、叶の苗字が野田であった事を思い出した。
「………」
ゴロゴロと雷雲が近付いてきたのを実感出来る頃、野口は複雑な気持ちで居候先へと到着した。結局の所今の環境は以前と然程変わってい無い。味方が多い事は大きな違いかも知れないが、章太郎があれでは慎吉を思い出させてしまう。
「ただい――」>
「あ、卓磨、お帰り。取り敢えず今は急いでこっちに来て」
「……は?」
「いいから!」
帰宅早々何かに急ぐ陽子の姿を目にした。靴を脱ぐと直にその腕を捕まれリビングの方へと駆け出した。この時点で城之内家に居る人の中で、この急展開を知らないのは野口だけだった。
「………」
<城之内家の緊急家族会議は外から横殴りの雨音が聞こえるだけの静けさに包まれた。吹き荒れる嵐は今香澄の置かれている立場にシンクロしていた。内容は至って簡単であった。香澄が突然失業した。勤務先の藤田書房が今月一杯で閉店になったのだそうだ。店長の年齢を考えれば仕方無い気もするが、その線の可能性は限りなく零に近い。持病等の話も一切聞いていない上、第一現店長が退いたとしても長男が引き継ぐ事が既に決まっていたのだ。それなのに突如の原因不明の営業終了、しかし何れにせよ香澄と竜治は職を失った事には変わり無い。
「………」
全てを明らかにした香澄は意気消沈していた。それだけショックだった様だ。
「……香澄、それなら内の下請に行かんか?」
長い沈黙の後、章太郎が切り出した提案は、少なくとも陽子達には想定内の物であった。
「……え?」
「向こうでの勤務態度も良かった、それは労働の楽しさを知った、と言う事だろ。それが褪せる前にも新しい場所へ行くのが良いと思う。内の下請なら直にでも手配出来る。どうだ、悪くは無いだろ」
「……でも…」
章太郎にしては珍しく良い事を言った。しかし香澄はどうも受容しなかった。その理由も直に章太郎は理解した。嫌っていてもやはり家族は家族なのだ。
「香澄、善く考えろ。他に当てが在る訳じゃ無いのだろ? だったら素直に親に甘えたらどうだ。確かに親のコネで入れられたと思われるかも知れんが、今回は元々の勤務先が突然閉店になってしまったんだ。そこまで聞きが悪い連中じゃ無い」>
「………」
<父親が香澄を説得している傍らで、野口は『始まったか』と思った。以前目撃した新美濃市役所の役員による測量。目的は白河村の吸収合併とそれに伴った様々な工事、それ以外何も無い。その『工事』、インフラ整備の手始めが商店街の改装、という話を何処かで耳に挟んでいた。その対象に真っ先に目を付けられたのが藤田書房だった、何も不可解では無い、容易に推測出来る事態だった。更に耳に挟んだ噂では、村議員の中に最近裏金で新たに議員になった人が居る、との事だった。また藤田書房へ金を渡し立ち退きを強制させようとしているのを見た、との話もあった。最初は単なる噂だと思っていたが、此処まで来ると最早それ以外の自体は考えられなくなった。
<(お前の言ってる『下請』が全て為出かした結果だぞ)
極め付けは村議員の中に新美濃と癒着に近い関係のある人が居て、何年も前に白河村の新美濃市への編入が密約されていた、と言うのだ。つまり表向きは村民の為と謳っているが、その裏では金の為なら何にでも手を出す、村民無視の公務が施行されているのだ。
(此処はどうなっちまうんだろうなぁ…)
白河村は来年、どんな姿になってしまうのだろうか、気が気でなかった。ゴロゴロと雷鳴が大きく響き渡り雨が自棄になった様に窓を叩いた。ここまで天候と香澄の心情がシンクロするのは逆に恐ろしい位である。香澄が居間から緩と姿を消した所で家族会議は終わりを告げた。この日香澄が章太郎に出した結論は『考えさせて』だった。>
−15− R1 WORLD CHAMPIONSHIP 〜Rd.12 American Grand Prix〜
<BGM1=逆漕ぎクイーン ARIA The ANIMATION ORIGINAL SOUNDTRACK トラック番号14>
<BGM2=もつれそうなストライド この青空に約束を― オリジナルサウンドトラック Disk2−約束− トラック番号4>
<BGM3=Sea's Date チョロQ3オリジナルサウンドトラック vol.1 トラック番号3>
<BGM4=COSMO SPEED チョロQワンダフォー!オリジナルサウンドトラック トラック番号27>
<BGM5=学校のテーマ〜新学期〜 ひとひらオリジナルドラマ&BGMアルバム1麦編 トラック番号1>
スペイン戦から始まったヨーロッパ州戦もイギリス戦で一旦休憩、舞台をアメリカ大陸へと移した。アメリカ州戦はカナダから始まりアメリカ、アルゼンチン、ブラジルの全4戦。ブラジル戦が終わると各チームは研究中止期間、夏休みに突入する。
<第11戦のカナダ戦を終了し、ケーニヒ・ゲドラ(ゲドラワークス)が94ポイントと、ジョルジュ・フェラーリ(ヴェネツィアン・レーシング)と4ポイント離して1位、前戦カナダGPで見事な圧勝劇を演じたオットリーノ・グランチェスタ(トヨタ・レーシング)はマクラーレン・メルセデスのエース、ブルース・マクラーレンJr.との差を1点にまで迫った。一方のコンストラクターズポイントはゲドラワークスが苦戦気味で、2位のウイリアムズ・BMWと17点もの差をつけられている。
第12戦のアメリカGPはオーバルサーキット内に設けられた専用コースを周回する。インディアナポリス州にあるこのオーバルサーキットは世界三大レースの1つが開催される、由緒正しきサーキットである。R1コースはその内側に11のコーナーを持つレイアウト。見所は実際のオーバルコースを使った最終コーナー。この手前のストレートからアクセル全開区間で事実上のホームストレートとなっている。その時間、15秒。最高速度は360km/hを超える超高速サーキットである。抜き所が無く特に15秒のアクセル全開区間は少しでもアクセルを離すと忽ち後ろに置いて行かれてしまう。どれだけスピード野郎になれるかが鍵を握っている。>
<土曜日に行われた公式予選は雷雨の影響で予定より1時間半遅れるというアクシデントに見舞われたものの、その日の内に行われた。折角の高速サーキットも雨上がりの滑り易い路面では慎重に走らざるを得ない。それでも例外的に攻めに攻めたドライバーも居た。PPを獲得したフェラーリもその1人だ。またロベルト・カルロス(レッドブル・トヨタ)は今季漸くの優勝が見える6番グリッドを獲得した。一方グランチェスタはあまりタイムが伸びず、アドルフ・シューマッハー(ウイリアムズ・BMW)の後方8番手スタートとなった。>
<快晴に恵まれた日曜日は気温29℃、路面温度は40℃を超えドライバーへの照り返しは50℃を優に超える、マシンにもドライバーにも厳しい天候となった。逃げ水が第1コーナーの先に見える中、文字通りの熱戦が幕を開けた。スタートは大きな混乱も無く20台が第1コーナーを通過して行った。そのオープニングラップのターン10でテテ・ロズベルグ(ウイリアムズ・BMW)がフェラーリを交わし1位に立った。またチームメイトのシューマッハーもカルロスを抜いて6位に浮上した。熱戦を予想させるオープニングラップであったが、序盤のオーバーテイクシーンはこの程度で、多くは抜いても直後に抜き返される、というパターンで順位変動も小さかった。
16周目、1回目のピット作業が始まった。暫定乍らも2位を走行していたミカ・ライコネン(マクラーレン・メルセデス)もこの周にピットインした。しかしタイヤ交換の際にマクラーレンらしく無いミスが発生、1.2秒余分に停止される羽目になり、気が付けば後ろにはグランチェスタが。一方のヴェネツィアン・レーシングは流石の手捌きでセバスティアーノ・ピローゼは3位を死守、フェラーリも終に1位を奪還した。ライコネンの自爆という形で浮上したケーニヒだが、2位のロズベルグ、3位のピローゼとの差は縮められず、逆に周回を重ねる毎に広がって行った。
23周目、順調にライコネンとの差を縮めて来たエッカルト・ゴルトベルグ(BAR・ホンダ)はターン1でオーバーテイクを試みるが逆にアウトへ追い出される結果となりコースアウト、更に復帰にもたつき後方から来ていたイサール・ミナルディ(ジョーダン・コスワース)にあっさり抜かれた。必死に抜き返そうとするもコースアウトで汚れたタイヤが足を引っ張り、更にシュティーゲ・ゲドラ(ゲドラワークス)、アダム・ブッシュ(ヘメルガンR1チーム)にもパスされてしまう。一方の首位争いにも差が出て来た。1回目のピットストップからフェラーリが依然1位を走り続けている。2位のロズベルグが喰らい付くも5.3秒より縮める事が出来ずに居た。
32周目、3ストップのドライバーの2回目のピットストップ。ゴルトベルグがその集団の1番でピットインした。結局ゴルトベルグは14位にまで後退してしまった。後半の挽回は果たして。一方珍しく何のトラブルも無く周回を重ねる片山哲(ジョーダン・コスワース)はピット作業も順調で気が付けば14位にまで浮上していた。更にカルロス率いるレッドブル・トヨタは思い切った短ストップ作戦、ギリギリでチェッカーを受けさせる少々危険な橋を渡る事にした結果、漸くシューマッハーの前、5位に立つ事が出来た。>
<気温も徐々に下がり始め、少しは暑さの苦から解放されたが、レースの熱は加熱を続ける一方である。17位にまで後退していたゴルトベルグは上位勢に負けないタイムで周回を重ね、1周1台のペースで順位を上げて来た。一方ピット作業をする度に順位を下げているライコネンは45周目、終にグランチェスタに交わされ8位にまで後退してしまう。翌周、バックストレートでグランチェスタは一気にシューマッハーに迫るとターン7で終にオーバーテイク成功、6位にまで浮上する。前戦からの成績を考えればあまり良いとは言えないが、ドライバーズポイントで上を行くシューマッハー、コンストラクターズでもアンチ・ヴェネツィアンのウイリアムズを蹴り落としての6位は値千金である。
49周目、3ストップドライバーの最後のピット作業が始まった。如何しても順位を上げる機会の少ないケーニヒは早い内に作業を終わらせ6位でコースに復帰した。53周目、粘って走行を続けていたカルロスとグランチェスタがピットイン。この時点で6位のピローゼとのタイム差は7.2秒、まずピローゼの前に出る事は不可能。一方7位シューマッハーとの差は20.2秒、ピット作業を6.7秒以内で終わらせればシューマッハーの前、6位で復帰が可能。1つのミスが命取りとなる最後のピット作業が始まった。タイヤ交換、給油、無線の確認とドライバーへの情報提供、そしてコースイン。互いの静止時間は6.1秒。見事カルロスは5位、グランチェスタは6位で復帰した。この両者はこの後チェッカーフラッグまで順位争いを展開する事となる。55周目、最終コーナーから一気にインにグランチェスタが突っ込むもターン1で押さえられて失敗。翌周、バックストレートで一気に並ぶとターン7でパス。しかし同周のターン9のヘアピンでカルロスがインを抉じ開け強引にパス、5位を死守した。一方ゴルトベルグは60周目、シュティーゲをパスし11位にまで復帰。後はミナルディをパスすれば入賞である。アグレッシブに攻め込み2秒差にまで攻め寄ったが、ここでチェッカーフラッグ。63周のアメリカGPはフェラーリの逃げ切りという形で幕を降ろした。>
<レース後、ゴルトベルグは『後3周あれば(ミナルディを)パス出来た。中盤のコースアウトが悔やまれるよ』と自分のミスを叱る様に語った。一方優勝したフェラーリは『久々の表彰台天辺からの光景が見れたよ。あそこからの光景程興奮する物は無いよ』と歓喜冷め上がらず、と言った感じであった。一方見せ場の無かったゲドラワークスは原因調査の為どこのチームより早くガレージを閉じた。
今戦の優勝でフェラーリとゲドラが102ポイントで同1位、更に2位になったロズベルグはランキング3位のピローゼとの差を4点に縮めた。まだ9戦も残っており、どの様に引っ繰り返っても可笑しく無いが、夏の暑さに負けず劣ら無いタイトル争いにもそろそろ篩が掛けられる事だろう。
決勝結果 *()は予選順位
1位 G・フェラーリ(1)
2位 T・ロズベルグ(2)
3位 K・ゲドラ(5)
4位 S・ピローゼ(3)
5位 R・カルロス(6)
6位 O・グランチェスタ(8)
7位 A・シューマッハー(7)
8位 M・ライコネン(4)
9位 B・マクラーレンJr.(10)
10位 I・ミナルディ(11)
11位 E・ゴルトベルグ(9)
12位 S・ゲドラ(14)
14位 片山哲(17)
出走20台 完走20台>